2007年05月16日

“バッドボーイズ”の言い分

勝ったー!
と喜んだものの、アマレとディアウの処分を心配していたら、やはり…。
2人とも1試合出場停止。
そして、あんな汚いファウルをしたオーリーがたった2試合。

それでもルールはルールだと言うなら、「ベンチを離れたら即出場停止」と言うなら、スティーブ・カーの指摘通り、ダンカンとボウエンも出場停止にしてちょ。



ポポビッチHCのコメント:"It was just an end-of-game foul and Steve fell down," "I didn't think it was such a big deal."
はぁ〜。
アマレが観客に向かって"Dirty, dirty, dirty." "Can I get a `dirty' now?" "Now, was I out of line?" と叫んだそうだけど、まったくだ。
もうラフプレーはうんざり。

というところで、元祖バッドボーイズの話題――(^^;
若きブルズに老練ピストンズが立ち塞がる、という今年の構図が80年代末と同じなので、バッドボーイズ時代のビートライター氏が昔の思い出話など語っているのですが。
15日は Jordan killed Pistons' style

 皆がウォークアウト(walkout=抗議・不満の意思表示としての退場)を話題にする。その原因が語られることはめったにない。
 1991年のイースタンカンファレンス決勝で、ブルズを祝うことなくフロアを去ったピストンズは、長年にわたって嘲りを受けてきた。
 その前日、マイケル・ジョーダンは、パレスの観客席に座り、ピストンズの敗退を目の当たりにして自分がどれほど満足か口にした。
 「彼らのプレースタイルはバスケットボールにとって悪だ」と、ジョーダンは言った。

 その発言はピストンズを傷つけた。彼らは精神的なタフネスと肉体的な威嚇でチームを築いてきた。ピストンズとしては、相手にレーンへのドライブを躊躇させたかったのだ。ジョーダンは何度もノックダウンされ、メディアを通じて文句を言った。
 「あの日、彼は我々を破滅させた」と、後にトーマスは言うだろう。「シカゴのメディアは、デトロイトやニューヨークのメディアが思っていたよりも強力だった。我々はつるし上げられたんだ」
 NBAはゲームを変え、ピストンズのスタイルをルールで封じた。それから11年、ピストンズはプレイオフのシリーズを勝ち抜くことができなかった。その間に、ジョーダンは6度優勝した。
 
 ブルズがデニス・ロドマンの私生活に関する情報を漏らしたと感じ、ピストンズは怒っていた。スコッティ・ピペンは、プレーが止まった間にそのことを口にし、ロドマンを怒らせた。ゲーム終盤、冷静さを失ったロドマンは、ピペンを観客席へ突き飛ばした。
 そのようにして、第4試合の115対94の敗戦の最後の瞬間に、ピストンズは握手をすることなく、コートを立ち去った。ピストンズのメンバーのほとんどは、ウォークアウトについて謝罪するだろう。ジョーダンは、ピストンズの連覇を軽視したことについて謝っていない。
 
 何年もたった後でさえ。オークランドヒルズのライダーカップでタイガー・ウッズの後を追う間も、ジョーダンは謝罪を拒んだ。
 「僕は自分が言ったことを後悔しない」と彼は言った。「あれは本気で言ったことだし、正しかったと思っている」

 さて、ピストンズのウォークアウトの理由をご理解いただけたろうか。


――よく言う。


posted by まき at 20:03| Comment(2) | TrackBack(0) | NBA | 更新情報をチェックする
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