2007年07月26日

ターヒールズ物語(1)

というところなんでしょうね〜。
82年のNCAA優勝から25周年を記念して出版された『Tales from Tar Heels』(参照)。
マイケルのエピソードを探して拾い読み(笑)しているんですけど、まぁ、ほとんどはハルバースタムの『ジョーダン』で読んだ気がする・・・ハルバースタムの取材力がさすがというか、マイケルの友人は口が堅いというか。新たな暴露話は期待できないようです。(^^;

以下、抜書きで。

TarHeels.jpg●マイケル・ジョーダンはスターターの中で唯一の1年生だった。アスレティックで、未熟で、おかしな奴で、生意気だった。私たち上級生はよく、「マイケル、お前はどうしてそんなにうぬぼれているんだ?州のMVPでもなかったくせに。何とか言ってみろ」と、からかったものだ。前年の高校MVPはバズ・ピーターソンだったからね。
2人が1年生の頃は、バズの方が優れたシューターだった。マイケルは非常に才能に恵まれていたが、それがどれほどのものなのか、チームメイトは誰も知らなかった。まったく、彼がどれだけ進化したか考えると、今でも驚くよ。

●81−82シーズンのほとんどは、リンウッド・ロビンソンがサウンドトラックを準備し、マイケルはフィルムプロジェクターを運んだ。それが1年生に与えられた仕事だったし、通常は、とても優秀で、すごく生意気な1年生が分担させられた。マイケルは両方とも適合していたからね。

●81−82シーズンのチームで最も興味深い関係の1つが、2人の1年生−−マイケル・ジェフリー・ジョーダンとロバート“バズ”ピーターソンだった。今、マイケルのことは誰でも知っているが、バズのプレーを覚えている人は少ないだろう。
アッシュヴィルで育ったバズは、子供の頃から素晴らしいシューターで、バスケットボール・ジャンキーだった。高校4年生の年にはノースカロライナ州で最高の高校生に選ばれている。
「マイケルにはいつもそのことでからかわれるよ。ただ、そうは言っても、彼は高校時代から卓越したアスリートだった。まだバスケットボール選手として磨かれていなかっただけだ。体も成熟していなかったしね」と、ピーターソンは言う。
2人はノースカロライナ大学で親友になり、一緒にデイビス・ラブ三世からゴルフを習った。また、ジョーダンの現役時代、バズは毎年ブルズの試合を見に行っていた。
「プロになって3年目の頃、マイケルから聞かされた話を忘れない。彼は地元で、ノースカロライナ大学へ進学しても私の控えになるだけだ、お前の選択は失敗だ、と悪口を言われたそうだ。大学1年の頃、練習の間に考えていたことといえば、『バズより上手くなる、バズより上手くなる』だけだったと聞かされたよ」
 
●マイケルとバズはグランヴィル寮のルームメイトで、いつもお互いの衣類を貸し借りしていた。シューズのサイズは2人とも13だったが、ジョーダンの足幅の方が広かったので、ピーターソンのローファーは全部伸びて形が崩れてしまった。
「僕のローファーを全部大きくする気なら、ドレスシューズは一生お前が貸すんだぞ」とバズは宣告した。
およそ15年間、それはその通りになった。ブルズの試合を見に行くたびに、バズはジョーダンのクローゼットからドレスシューズを2足選び(もちろん、MJも同意の上で)自宅へ持ち帰った。「もうしないけどね。今は自分の靴くらい自分で買える」と、ピーターソンは笑う。

(たぶん)続く…。


posted by まき at 21:13| Comment(2) | TrackBack(0) | BOOKS | 更新情報をチェックする
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