2007年10月31日

TIP-OFF (29)

いよいよ開幕しましたねー。しかし、NHK-BSはオデンのいないブレイザーズ@つっっっまんない(失礼m(__)m…でも、MSNBCのコラム "Spurs ... zzz ... to win again"というタイトルには笑った)スパーズの方を選ぶなんて。ロケッツ@レイカーズのラスト20秒ほど、面白かったですよ〜。(今は再放送で見てますが、先にアレ見ちゃったからなぁ(^^;)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第9章:Finishing the Picasso - 5


NCAAトーナメントで優勝したばかりのユーイングは、母親とコーチのためにジョージタウン大学残留を決めた。ポートランドの選手たちは、主にそれぞれの事情から、ブーイの指名にさまざまな感想を抱いていた。有能だがつなぎのセンターだったマイカル・トンプソンは、ブーイの指名は最低な選択で、ブレイザーズはジョーダンを選ぶべきだと考えていた。「うちにもう1人ビッグマンは必要ない」と、当時の彼は語っている。ジョーダンと同じシューティングガードのドレクスラーは、ブーイが正しい選択だと考えていた。

結局、彼らの意見は重要ではなく、インマンはブーイを指名することに決めた。そして、もしブーイがブレイザーズにとって未来の核となるなら、残りのメンバーもそれに応じて構成されるだろう。ブーイはディフェンス面でインサイドの存在感をもたらし、リバウンドの負担も引き受ける。そこで、ドラフトの1週間前、インマンはフォワードのカルヴィン・ナッタと控えセンターのジョー・クーパー、控えガードのラファイエット・リーバーをデンバーの素晴らしいシューター、キキ・バンダウェイとトレードした。今後は、バンダウェイとクライド・ドレクスラーがスコアリングを担当することになるだろう。ブーイは、マイカル・トンプソンの助けを借りながら、優秀だったナッタの代わりにインサイドのダーティーワークを務める。そして、ダーネル・バレンタインが司令塔の役割を担う。

このドラフトで、ブレザーズは他にも重要な候補を何人かリストアップしていた。最近のインマンは、当然のことながら、そちらについて語ることを好む。彼らはちょっとした償いをしていたのだ。何しろ、インマンはジョン・ストックトンに強い関心を示したごく少数のリーグ関係者の1人だった。ストックトンはほとんど地元でしか知られていなかった。彼を近くで観察したインマンは、ポートランドまで招いたことさえある。「ジョンに一目惚れするのは簡単だった」と、インマンは言う。「この若者の精神には何かがあった」
インマンは、ストックトンに「クイックネス」があると考え、並外れたプレイヤーになると評価した。チームのスカウトの一部は、ストックトンはシュートができない、短距離走のスピードが疑わしい、と警告したが、インマンは煩わされなかった。「彼らの言い分は、ラリー・バードのことを、『彼は跳べない。攻守の切り換えについていけない』と言うのと同じことだ」と、インマンは言う。彼はスカウトに、「誰にでも欠点はある」と言ったものだった。欠点を並べるより、前向きな話が聞きたかったのだ。インマンはストックトンに大きな伸び代を感じていた。しかし、ブレイザーズの指名権は19位で、ユタが16位指名権を持っていた。インマンがストックトンを指名する前に、ジャズが彼を奪っていった。ユタの指名から数分後、インマンはフランク・レイデンに電話をかけている。

「君はストックトンをどうする気だ?」と、インマンは尋ねた。
「キープするつもりだよ」と、レイデンは答えた。

「彼は我々をけむに巻こうとしているのだと思った」と、インマンは言う。レイデンがストックトンを手放さなかったため、ブレイザーズはカリフォルニア州立大学フレズノ校のスイングマン、バーナード・トンプソンを選んだ。

ドラフトはダラダラ続いた(※当時のドラフトは10巡目まで)。そして、インマンにとっては、ここが居眠っている同業者を出し抜くポイントだった。この年の人材はおそらく史上最高だったが、ここまで深いとは考えられていなかった。ともかく、インマンはブレイザーズの5つ目の指名権となる全体46位で、バージニア州ファームヴィルの無名校、ロングウッド大学のジェローム・カーシーをつかまえるために十分な注意を払った。カーシーは、6フィート7インチでプロ向きの体格をしたスモールフォワードだが、インマンとNBAのスーパースカウト マーティ・ブレーク、他にはあと2〜3名しか詳しいことを知らない埋もれた選手だった。彼はポートランドで11年、他チームと合計で17年、1153試合のキャリアを過ごし、通算で約1万2000得点、6000リバウンドを記録することになる。絶頂期の1987−88シーズンには、2巡目下位で指名されたこの選手が、1試合平均19.2得点、8.3リバウンドをマークした。

カーシーはまったくの掘り出し物で逸材だった。ブーイはまた別の話であることが判明する。


ちなみに今日のロケッツ@レイカーズのラスト
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2007年10月30日

ネーミングライツ

まだ決まったわけではないのですが、ボブキャッツ・アリーナの命名権はタイム・ワーナー・ケーブルになるかも。NFLカロライナ・パンサーズのスタジアムは20年で1億4000万ドルだったそうです。
昔はボストン・ガーデンとかシカゴ・スタジアムとかオーランド・アリーナとかシャーロット・コロシアムだったのに、今や企業名を冠していないアリーナはマディソン・スクエア・ガーデンくらい? てゆーか、あちこちコロコロ名前が変わるので、もうどこがどこだか覚えられません。

◆オセラ・ハリントンにフルの練習参加が許可されました。

◆シカゴではパクソンGMがデン&ゴードンと面談して契約延長交渉中らしいですが(どうもゴードンの契約はまとまらないのではないか、という噂)、オカフォーはどうなってるのかさっぱり…。

◆27日の"My Hero Gala" (記事はこちら

gala_inside2_071027.jpg gala_inside1_071027.jpg・・・いないな・・・


2007年10月29日

TIP-OFF (28)

HDD&DVDレコーダーを買って3年近く。なのに初めて知った新事実(取扱説明書なんて必要なところしか読まんもん)・・・HDDには同じデッキで録画したDVDしかダビングできない!
さらに、ファイナライズしたDVDはHDDにダビングできない!
DVD-RWならファイナライズの解除ができるけど、解除できない-Rはどうすんの。かと言って、ファイナライズしなければ、今のデッキが壊れた時に2度と再生できなくなるわけじゃん。
あ〜ケチケチせずにRWを使ってくれば良かった。(でも高かったからさぁ)
自分が持っているテープをDVD化したやつなら、元のテープも残してあるからいいんだけど(ちっともスペース削減になってない(笑))、貸してもらったテープからDVDにダビングしたものをコピーしようと思ったらアウト。(+_+)
まあ、テープにならダビングできるらしいんですけどね…。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第9章:Finishing the Picasso - 4


サム・ブーイのポジションなら分かっていた。インマンは、ブーイのビデオを見たり、直接スカウトに出向いた。通常、1人の選手をシーズンの早い段階からNCAAトーナメントまで追いかけ、シーズン中にどれだけ成長したか、プレッシャーのかかった試合でどのようなプレーをするか、観察するのが彼のやり方だった。インマンはそれらすべての報告に満足した。あとは、ブーイの足が大丈夫か確かめる必要があるだけだ。ブレイザーズは、ブーイが1番最後に手術を受けたメンフィスへチームドクターを派遣し、レキシントンで落ち合って報告を聞いた。また、さまざまな調査も行った。「彼の経歴について、できる限りのことを調べた」と、インマンは言う。それでも、1984年の春にさえ、インマンはこの決定がスラムダンクでないことを知っていた。「徹底的に調査を行った」と、当時の彼は語っている。「そして、それでもなお、難しい判断であることを自覚している。今年は特に、サムがミドルではなくペリメーターでプレーしたからね。彼は非常にクイックな選手だ。ディフェンスのポテンシャルは途方もない。優れたスコアラーだし、優秀なパッサーだ。並外れたシューターとは思っていないが、非常にアップビートな若者で、フリーなシステムより組織的なシステムに調和するだろう。そして、ジャック・ラムジーは組織的なシステムを実行するコーチだ」

これはインマンの決定だった。彼はスカウトやコーチを集め、意見や最新の知識を尋ねた。「うちのスカウト全員が、サム・ブーイのスカウティングに関与していた」と、インマンは語る。「私もまだ、あちこち旅して回れるほど若かったからね。カレッジのコーチたちと同世代だった。練習を見学に行くと、歓迎されて、コーヒーをご馳走になりながらビデオを見せてもらった」
ラムジーもバックウォルターもグリックマンも、全員がインマンの選択に同意した。誰もが、キャンバスに最後の筆を加え、ピカソを完成させることに興奮していた。「異議は全く出なかったが、コーチ陣はスカウティングに関わっておらず、十分な知識はなかったと思う」と、インマンは言った。ただ、外部の目にも、これはもっともな選択だった。証明は最大の対決でなされている。1月にレキシントンで行われた直接対決で、ブーイは18リバウンドを奪い、オラジュワンを14得点に抑えて、ケンタッキー大学を楽勝に導いていた。「難しい決断だったが、我々はフランチャイズのためにベストの選択をする必要があった」と、バックウォルターは言う。「私たちは皆、マイケルを気に入っていた。だが、誰一人として、彼がどれほど良くなるか予見できなかった。マイケル本人でさえ、自分があれほどの選手になるとは考えていなかったと思う」

ブレイザーズがコインフリップに敗れてから数日たった5月24日、ブーイは身体検査のためにポートランドを訪れた。医師たちは、2シーズンの欠場を余儀なくさせたスネの骨折の治療で受けた骨移植を念入りに調べた。検査結果を知る前でさえ、ブーイに高い期待を寄せていたブレイザーズ幹部は、ほとんど指名する気で満々だった。オーナーのラリー・ワインバーグだけが、まだマイケル・ジョーダンも考慮中であるとほのめかしたが、他の幹部はブーイの指名を固く決心していた。今や彼らは、ブーイの方がオラジュワンより良い選択かもしれないとさえ口にしていた。

「オラジュワンには多くの練習が必要そうだ」と、AP通信のインタビューでラムジーは語っている。「ブーイはさほどでもない。ブーイの方がより完成されたボールプレイヤーだからね。オラジュワンは華やかだし、バスケット周りのスキルも素晴らしいが、ブーイのオールラウンドなゲームは、たぶん、アキームのオールラウンドなゲームより優れている」

ケンタッキー大学のコーチ ジョー・B・ホールは、断固として、しかし十分正直に、ブーイの足の健康を保証しなかった。私は医者ではない、というのが彼の言い分だ。他の事柄については、教え子を強く推薦している。「私が論じられるのは、プレーの能力についてだが、その点で彼は完成している。ラムジーが求める知的なプレーは、サムの持ち味だ。良く学び、複雑なシステムにも順応する」

ブレイザーズがブーイを指名する理由には、他に全く便宜上の問題もあった。新しいサラリーキャップのせいで人事は難しくなっており、フリーエージェントになるジョン・パクソンとブーイは、ラリー・フライシャーという同じ代理人を雇っていた。つまり、1ヶ所で両方そろうというわけだ。ポートランドは速攻でブーイと契約し、それから、協力的な代理人と共に、他チームからのパクソンへのオファーにマッチすることができる。今となれば、ポートランドのコーチからテレビ解説者に転じたラムジーは、ドラフトでジョーダンを取り、次に、パクソンとクライド・ドレクスラーをサイン&トレードでセンターと交換すべきだったことを知っている。「もちろん、自分をあと知恵で批判することはできる」と、ラムジーは言った。「人々の人生も変わっただろう。だが、それについて今できることは何もない。考えるべきは先のことで、過去のことではないんだ。誰もマイケルがマイケルになるとは考えなかった。仲間たちと一緒に大学でプレーしている選手の価値を見極めるのは難しい。私たちにはセンターが必要だった。興味があった選手は3人だけだ。オラジュワン。ブーイ。それから、パトリック・ユーイングがアーリーエントリーするかもしれないという意見も多かった。私たちの協議は、すべて彼ら3人を中心に展開していた」

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2007年10月28日

やっぱりブルズ?

27日の夜はシャーロット市のコンベンションセンターでボブキャッツが主催する "My Hero Gala"というセレモニーがあり、慈善活動に熱心な地元のビジネスマンやアスリートが表彰されるのだそうです。エメカ・オカフォーもその1人らしいけど、写真はありません。

追記:マット・キャロルも表彰されたようです。
ボブ・ジョンソンやフレッド・ホイットフィールドらボブキャッツ経営幹部、コーチ陣、プレイヤーを含む準正装の参加者が約800名(の中にマイケルはいたのか?)。イベントの収益はPresbyterian's Community Care Cruiser (恵まれない青少年に医療を提供する移動診療車)に役立てられるとのこと。


司会進行役はTNTでバークリーと一緒にスタジオ解説を受け持っているケニー・スミスで、シャーロット・オブザーバーが少しインタビューをしていました。

Q:NBAのトップ5選手は? ダンカンとコービーがリストのトップだね。それから、私はまだセンターではシャックが主役だと思う。そして、レブロンとドウェイン・ウェイド。

Q:コービーのトレードは本当にあると思いますか? 最も有名で、最も大金を稼ぎ、最も多くシュートを撃つ男が最も不幸だということに何より驚くよ。私が子供の頃、クライド・フレイジャーやカリーム・アブドゥル・ジャバーがトレードされた。最近ではケビン・ガーネットやシャックもトレードされた。コービーのトレードがない理由はないよね。

Q:スパーズは連覇すると思いますか? 2シーズン連続でデンバー、フェニックス、ダラスに勝つのは非常に難しいと思う。ファイナルはフェニックスとボストンが面白いと思うな。

Q:ジェイソン・リチャードソンについては? マイケル・フィンリーの若いバージョンという感じがするね。ボブキャッツのパズルの一部だと思うよ。彼がプレイオフに連れて行ってくれるわけではないが、素晴らしい補強だ。

Q:レイモンド・フェルトンはこのチームにとって適切なポイントガードだと思いますか? レイモンドのことは好きだ。彼にはすべてのツールがある。リーグに入った頃は、クリス・ポールとさほど差はなかった。今シーズン、レイモンドは自分がそういう選手であることを示す機会を得るだろう。

Q:今年、アイザイア・トーマスやパックマン・ジョーンズやマイケル・ビックの事件のせいで、ブラック・アスリートは打撃を受けましたが、どう思われますか? 
すべてのパックマンのために、マイケル・ジョーダンやエメカ・オカフォーがいるじゃないか。今夜の"My Hero"式典もそのためにあるんだ。ネガティブな話は広く伝わる。ただ、自分の金やパワーや名声を素晴らしいことのために使う人々も無数にいる。


や〜しかし、ブルズとレイカーズはコービーのトレードについて本気で協議しているとESPNが報じたらしいですね〜。レイカーズは、デンとゴードンとタイラス・トーマスとノアを要求していて、それだと、ブルズがOKしてもコービーが拒否するだろうとか。さらに、レイカーズ上層部(オーナーのジェリー・バス、息子のジム、娘のジーニーとフィル・ジャクソン、ミッチ・カプチャックGM)が分裂していて、一方がコービーを説得できるという確信にしがみつき、もう一方は手放すことを決意しているのでややこしい、のだそう。
ジェイ・マリオッティはまた長ーーーいコラムを書いているけど、トリビューンは静観してます。

ベン・ウォレスが加わった時点で、もうブルズのことを「うちの子」と感じなくなったし、コービーが入ったら本当に赤の他人になりそうだなぁ。(ウォレスやコービーが好きとか嫌いとかいうことではないです、念のため)
そういえば、「うちの子」オカフォーの契約延長問題はもうすぐタイムリミット…。

2007年10月27日

プレシーズン第8戦

1026.jpg100−111 @ホーネッツ (boxscore

ウィンストン・セーラムはノースカロライナ州だけど、会場がウェイク・フォレスト大学ということで、クリス・ポールのホームゲーム。近くの通りに名前が(一時的に?)ついたらしいです。

ボブキャッツもそんなに悪くはないんだけどな〜第3Qまでは良かったのに、第4Qがダメダメ。
フェルトンはやっぱり、あちこちで言われているとおり、ポールと比べてアシストが物足りない感じでしょうか。決してセルフィッシュなわけではなく、判断力がイマイチらしい。(その方が困るか…(^^;) ただ、今日はシュートが好調だったので、SGでプレーする時間も長かったようです。
ジャレッド・ダドリーは、17分で10P(FG 4-6, FT 1-1)&7R&2S&1Aと好調なデビュー☆今のところ、地元紙でのダドリーの評価はとても良好。

◆ジャズのデロン・ウィリアムズ(3位)、ホーネッツのクリス・ポール(4位)、ボブキャッツのレイモンド・フェルトン(5位)は2005年のドラフト同期ですが、ボブキャッツには5位+13位指名権を3位指名権とトレードするチャンスがあったのだそうです。でも、当時のバーニー・ビッカースタッフGM兼HCは、13位指名権を手放したがらず、逆にジャズは3つの1巡目指名権を手放し、6位から3位に指名順位を上げて、デロン・ウィリアムズを獲得した。13位で指名したショーン・メイが怪我がちなことを考えると、3位でウィリアムズかポールを指名した方が良かったのではないか、とボーネル記者。
――フェルトンはトランジションゲームの方が向いている。肉体的にも精神的にもタフだが、ハーフコート・オフェンスだと、適切なタイミングでボールを供給する卓越した勘がない。シュート成功率が低いのは、ショットクロックぎりぎりまでボールを持っていることが何度もあるから。ブレビン・ナイトとの決別は、フェルトンがポイントガードの長期的な解答であるかどうかはっきりさせることになる――フィル・フォードAC、ポイントガード教育をどうぞよろしく〜。

2007年10月26日

FAN JAM

24日はボブキャッツ・アリーナでファン・ジャム。私のところにも「無料入場券がダウンロードできます」という案内メールが来てましたけど〜。(^^;

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椅子取りゲームをしたり、2年連続ダンク・チャンプのダンクが見られたり、なかなか楽しそう。ま、もう、MJが来る?なんて、1%くらいしか思ってませんでしたよ。(笑)

Photo Gallery

それにしても、ESPNの予想順位は惨憺たるものデスね。
10人中最高の予想で東9位。12、13、14位辺りが多くて最下位が1人。
逆にブルズは明るい予想でうらやましいなぁ。コービーいらないじゃん。

ま、所詮予想だし・・・。
地元のボーネル記者だって、ディビジョン4位、カンファレンス10位だそーです。
メイとモリソンが健康なら、もう少しは明るい展望だったんだろうけど。それと、なぜ新たなビッグマンと契約しない?と盛んに言われてますが、他チームをカットされる程度のビッグマンがそんなに役に立つのかなぁ。

2007年10月25日

TIP-OFF (27)

The Times (英)のスポーツ・メモラビリアに関するコラム――ベッカムが引退するとき、彼の中古車はそのようなプレミアム(走行距離数千マイルで市場価格1万5000ポンド(約350万円)程度のBMW M3コンバーチブルが9万100ポンド(約2100万円!)で落札されたとか)に値し続けるか?来年のワールド・チャンピオンシップに勝つことができなければ、ルイス・ハミルトンと関連した何かを求める現在のフィーバーは続くか?そして、マリオン・ジョーンズが使った注射器の価格は、いつ彼女の疑惑のメダルより高額が見込まれるのか?(コラムの最後の一節)――を読んでいたら、「Michael Jordan's half-smoked cigar / £400 / The basketball legend's cigar, with accompanying DNA」てのもありました。
約9万3000円・・・手が届くからビミョーに欲しい・・・かも。(か?)
“DNA添付”がいいっすね。(笑)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第9章:Finishing the Picasso - 3


このような自由裁量権と、このような権威、同業者からの尊敬の中で、インマンはサム・ブーイがマイケル・ジョーダンよりベターな選択だと決める仕事に取り組んだ。その決定を愚の骨頂と罵倒する前に、1984年春のブレイザーズの状況を正しく認識し、ジョーダンに対するインマンのゆがんだ見方を理解することが重要である。

当時のポートランドは、誇り高く健全なフランチャイズで、1977年には優勝を経験し、1984年3月3日に300試合連続完売を達成した。ブレイザーズは過去7年で最高のシーズンを送り、48勝34敗の成績を残している。1983年のドラフト14位でヒューストン大学のシューティングガード、クライド・ドレクスラーを加え、今や、間違いなく観戦するのが最も楽しみなチームの1つだった。ヒューストンの地元のロケッツには、ドレクスラー指名の大きな圧力がかかっていたが、フィッチはもっと大柄な選手を望んで譲らず、3位指名でロドニー・マクレーを獲得した。ドレクスラーはポートランドのものになり、そのフィッチの決断こそ、翌年のドラフトで才能の重複を懸念したインマンがジョーダンをパスする結果を導いたのだった。

ブレイザーズはケミストリーの良好なチームだったが、スターパワーにはあまり恵まれていなかった。アップテンポで強力なオフェンス力を持ち、1試合平均は108.1得点。11月には、東海岸のファンが理解できずに肩をすくめるようなウェスタンカンファレンス特有のクレイジーな試合展開で、デンバー・ナゲッツを156対116で下している。ブレイザーズをリードするのは、いくらか停滞気味の、だが素晴らしいシューティングタッチ(成功率51.4%)を持つガード、ジム・パクソンだった。平均21.3得点のパクソンは、自らシュートチャンスを作り出すのに十分なファーストステップを持っていた。ダーネル・バレンタインとファット・リーバーがプレイメーカーの役割を分担し、マイカル・トンプソン、カルヴィン・ナッタ、ケニー・カー、ウェイン・クーパーがインサイドの仕事を引き受けて、リバウンドで敵を圧倒した。クライド・ドレクスラーはまだ期待される成長株で、前途有望なルーキーシーズンを過ごした後もパクソンの控えを務めた。このチームでもある程度は成功したが、バランス的に微妙である。また、ポートランドは、スターターの数字を残しながらバックアップと見なされたトンプソンに惚れ込んでいなかった。15.7得点、8.7リバウンド、3.9アシストというオールラウンドなシーズンを送ったトンプソンは、まだ29歳と十分若かったが、6フィート10インチしかなかった。インマンとチーム経営陣は、プレイオフの第1ラウンドでフェニックス・サンズに敗退した一因がサイズ不足にあると確信していた。1977年にビル・ウォルトンを擁して優勝を達成したブレイザーズは、中央に大黒柱がいなければ、もう1度優勝することはできないと考えていた。

「弁解はしない」と、インマンは言った。自分がジョーダンを見落とす原因になったサイズへの強迫観念について、いくらかの弁明はあったが。インマンは、ほとんどの人間と同じく、ジョーダンがどれほど優れた選手になるか、彼をドラフトすればどんな未来が待っているか、理解していなかった。「彼はノースカロライナ大学でディーン・スミスのためにプレーした。そこでは個人の才能が隠されていたんだ」

ジョーダンの力を見分ける機会は他にもあった。友人のボビー・ナイトから、ブルーミントンのオリンピック選考会を訪れ、選手たちにNBAについて話してやってほしいと頼まれたのだ。そこで、インマンは出かけて行き、10日連続でジョーダンのプレーを見た。10日間の練習とスクリメージと速攻とダンクを。ジョーダンは間違いなく素晴らしいタレントだったが、まだシステムに適応している途中だったため、突出した才能を確信することはできなかった。ナイトもまた、ディーン・スミスと同じようにスーパースターを奨励しない。

「あのチームでも彼は隠されていた」と、インマンは言う。「非常に優れていることは疑わなかったが、それでも、『どこまでいくだろう?』と思ってしまってね」

そう言ってから、インマンは自分のコメントを笑った。今の彼は、それがばかげて聞こえることを承知している。「私は本当に素晴らしい思いができたろうね?」と、彼は言った。「こんなジョークも知っているよ。自分でも言うことがある−−私がロッド・ソーンのキャリアを成功させてやったんだ」
1984年当時には今と違う考え方があり、自分もそれにとらわれていた、とインマンは言う。セルティックスは、ケビン・マクヘイル、ラリー・バード、ロバート・パリッシュという大型フロントコートを擁して優勝した。レイカーズにはカリーム・アブドゥル・ジャバーがいた。それ以前には、ラッセル&チェンバレン時代がある。誰もが、優勝するにはフランチャイズ・センターが不可欠だと考え、ブレイザーズにはフランチャイズ・センターがいなかった。どうして彼らは、たとえどれだけ優れていようと、シューティングガードごときに自分たちの指名権を浪費できようか? ジョーダンはすぐにその哲学を変えるだろう。彼は、NBAの人事担当者やGMたちの考え方を変えさせた。情熱的で純粋でホットな才能こそ、常に利便性に勝つ切り札だと本能的に理解していたファンに近い思考法を余儀なくさせた。最高のアスリートこそ、最高の選択。しかし、インマンの時代は違う。

「マジック・ジョンソンを見始めた頃、ドルブルは高いし、ガードでもパワーフォワードでもなくて、『ポジションはどこにすればいいんだ?』と思ったよ」と、インマンは言った。「人間はそういう愚かな心理に誘い込まれる。それから、マジックのような選手は、身体的な能力より内面に力を秘めているのだと理解するんだ。マジックやラリー・バードは、それほど身体的な才能に恵まれていたわけではない。ビル・ラッセルはどうだい? 6フィート9インチの身長は、NBAでは小さい。シュートはヘタだし、パスもできない。彼の仕事は、相手を完敗させることだけだった。我々のスカウティングは良い仕事だったと思う。ただ、チャンピオンの内面にあるものを測らなかったんだ」
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2007年10月24日

ボブキャッツ短信

◆モリソンは、腫れと痛みを和らげるリハビリを3〜4週間行ってから手術の予定。糖尿病のため感染症を起こしやすいので、医師団は腫れを軽減する予備手術に慎重だそう。
ヴィンセントHC:「アダムを失うのは本当に残念だ。ディフェンスでも進歩していたし、シュートも好調だったからね。これから長いリハビリが必要で大変だろうが、来シーズン戻ってくることを楽しみに待つよ」

◆ジャレッド・ダドリーは現状なら金曜日のプレシーズン最終戦でプレーできるかも。「狼の群れに投げ込まれる前に、ちょっとは準備したいから、金曜日にプレーしたい」

◆金曜日はブレゼッチを先発センターに戻してみる。
ヴィンセントHC:「コンディショニングはまだ遅れているが、経験豊かなベテランのビッグマンとして、チームに貢献してくれると信じている」

◆ショーン・メイがシーズン絶望で、モリソンもその可能性が高くなったが、1チームは15名まで契約が認められる(アクティブは12名)。ボブキャッツはすでに保証された契約選手が15名いる。例外として、3名以上の長期欠場者がいれば16人目が認められる。(※かといって、もう1人怪我しちゃダメだからね!)

ボーネル記者の【POSSIBLE SOLUTIONS】

けがは問題を引き起こす。ボブキャッツは2人のフォワードを失った。ショーン・メイとアダム・モリソンは、今シーズン、2人合わせて少なくとも40分程度プレーするだろうと思われていた。
彼らが失ったもの:故障がちで体重の問題もあったが、健康なときのメイはチーム最高のローポスト・スコアラーで、堅実なリバウンダーだった。モリソンはベンチからの得点力を期待され、プレシーズンではディフェンスも改善していた。

<マット・キャロル>
すでにローテーション入りしていて、昨シーズンはモリソンより確実なスコアラーだった。ウィングポジションでジェイソン・リチャードソンとペアを組み、正確な3Pで相手ディフェンスを広げることができる。もともと、かなり出場時間を得そうだったが、今やベンチ最高の得点オプションとして不可欠な存在である。

<ウォルター・エルマン>
スモールフォワード?パワーフォワード?彼は3.5だ。どちらでもあり、どちらでもない。エルマンをフロントコートでジェラルド・ウォレス、エメカ・オカフォーと組ませると、頑丈だがサイズが物足りない。プレシーズンはアウトサイドのローテーションでスタートしたが、彼の万能性は重要になる。

<デレク・アンダーソン>
火曜日の練習で、48時間と1つの怪我で3番手から欠かせない一員に昇格したと冗談を言った。アンダーソンはポイントとシューティングガード、スモールフォワードでプレーでき、チームで1番のバスケットボールIQを持っている。チームが彼と再契約したとき、サム・ヴィンセントHCはアンダーソンを「保険」と呼んだ。まだレギュラーシーズンさえ始まらないうちに、その保険が効力を生じた。

<ライアン・ホリンズとジャマレオ・デヴィッドソン>
彼らは明らかなプラス(長さ)とマイナス(経験のなさ)を共有するので、2人を一組とみなそう。どちらも重要な時間帯をプレーする準備はできていないだろう。しかし、彼らの成長をどんどん進める以外、ヴィンセントにはほとんど選択の自由がない。

<ジャレッド・ダドリー>
1週間前、ヴィンセントはダドリーが長い出場時間をゲットできるかどうか疑問に思った。その後、モリソンがシーズン絶望になり、しっかりしたスモールフォワードの控えが必要になった。特にウォレスがパワーフォワードでプレーする場合。足を捻挫する前、ダドリーはアグレッシブなリバウンドとポジショニングの感覚で印象深かった。彼はキーパーだ。


ところで、今年9月のトレント・タッカー主催イベントは、スポンサー不足でキャンセルされてたようです。あらま。全く音沙汰ないと思ったら…。

2007年10月23日

TIP-OFF (26)

今は選ぶ側になった人のファンとして、ドラフト失敗話は身につまされるわ〜。(^^;

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第9章:Finishing the Picasso - 2


「我々とコミッショナーの見解の相違は意味論に過ぎない」と、グリックマンは言った。「私たちは決して、一度も、間違ったことをしていると思わなかった。私の考えとしては、我々は容疑から解放されたわけで、コミッショナーもその事実に気がついたと思う。長らく脱線させられたが、今はコインフリップに血が騒ぐ想いだ。勝とうと負けようと、チームを大きく改善するはずのプレイヤーをドラフトする」

この解決を見るまではワインバーグの親友だったスターンにとって、厳しく不愉快な出来事だった。詳しい調査と罰金は、2人の間にくさびを打ち込んだ。「友情に大きなプレッシャーが加わった」と、スターンは認めた。「だが、我々が規則を持とうとするなら、私はコミッショナーであるつもりだ。私の考えでは許容できなかった。彼は、何が許され何が許されないか知っているべきだったと思う。このような干渉はリスクに値しないことを確実にする必要があったのだ」

大騒動と徹底的な調査のせいで、コインフリップは5月10日から22日に延期された。ブレイザーズがフリップに負けたあと、人員担当重役のスチュー・インマンは、デイビッド・スターンのオフィスから続く廊下の先でイライラと立っていた。「私は何の役に立った?」と、彼はぼやいた。コインが表に返ったとき、インマンは簡単な選択がないことを理解した。もうオラジュワンはない。大事な2位指名権でチームの未来を確固たるものにする仕事が、インマンに委ねられたのだ。そして、数週間後、才能を見抜く目では最も尊敬された1人が、恐らくNBA史上最大の間違いを犯す。

20年後、80代になったインマン(※このインタビューの後、今年1月30日に80歳で亡くなっていたのを思い出しました。合掌)は、卓越した経営者としての自分のキャリアが、1984年のドラフトと、その選択がフランチャイズに与えた破壊的な影響によって損なわれたことを知りすぎている。インマンは、最初からバスケットボール人だった。サンフランシスコの少年は、殿堂入りしたジム・ポラードを崇拝して育った。1930年代後期、子供だったインマンは、オークランド工業高校までポラードを見に行った。ビリー・カニングハムが登場するずっと以前、ポラードは最初の「カンガルー・キッド」だった。素晴らしいスピードでコートを走り、コーナーから目を見張るようなジャンパーを放った。ダートマス大学との決勝戦は風邪で欠場したが、スタンフォード大学を1942年の優勝へ導いたのはポラードだった。彼は第二次大戦に出征し、サンフランシスコに戻って、最終的にはミネアポリス・レイカーズに入団する。インマンはポラードの足跡を追った。1946年から50年までサンノゼ州立大学でプレーし、AAU大会ではジョージ・ヤードリーと共にプレーした。

その後、インマンは母校サンノゼ州立大のコーチになり、1972年にローランド・トッドの後任として、創設2年目のブレイザーズの暫定コーチに就任した。インマンは56試合で指揮したが、チームは悲惨な18勝64敗に終わっている。前年の1970−71シーズンには、同時に加入したエクスパンションチームのバッファローが22勝60敗、クリーブランドが15勝67敗でシーズンを終えたが、ポートランドは29勝53敗という立派な成績を残していた。ボルチモア戦で52点差の大敗を喫したこともあったが、シーズン終盤は6勝6敗で乗り切り、唯一のメジャー・プロ・フランチャイズとして、地元に受け入れられたことは間違いなかった。しかし、翌シーズン、度重なる敗北はコミュニティーをうんざりさせた。インマンが今でも自分のコーチ歴で最高の瞬間として思い出すのは、レッド・ホルツマンが素晴らしいチームを率いてポートランドへやって来たときのことだ。それは、ニックスにとって7日で5試合目のゲームだった。「我々は彼らをやっつけたんだよ」

その長いキャリアの中で、インマンはミルウォーキー・バックスやマイアミ・ヒートのGMや人員担当責任者として働いた。1984年、彼はアシスタントのバッキー・バックウォルターやコーチのジャック・ラムジーと共に、ブレイザーズのスカウトとドラフト業務の責任者を務めていた。グリックマンはインマンを信頼し、大きな権限を委託した。「素晴らしいボスだった」と、インマンはグリックマンを称賛する。当時のインマンは、恐らくリーグ最高のGMと考えられていた。他のフランチャイズが、彼の派遣するスカウトを追跡し、どの選手が彼の関心を引いているかという噂に注意深く聞き耳を立てるほど、インマンの手腕は優れ、尊敬されていたのだ。「スチューはバスケットボールの権威として、ほとんど頂点にいた」と、マーベリックス社長のノーム・ソンジュは言う。「天才だと見られていたよ。そして、1984年のドラフトは、彼を台帳の裏側に定義する瞬間だった。私がバスケットボールから学んだことは、天才などいないということ、そして、ドラフトする相手のハートを見抜くのは非常に難しいということだ」
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2007年10月22日

プレシーズン第7戦

88−98 vsサンズ (boxscore

昨日クリッパーズに負けたサンズとレイカーズに負けたボブキャッツが対戦する“LAシュートアウト”2日目。
今まであまり使われなかったエルマンが14Rと頑張り、オカフォーも17P&12R。
リチャードソンはシュートが好調で23P(FG 9-18, 3P 5-11)。

◆MRI検査の結果、モリソンは前十字靭帯断裂でほぼシーズン絶望…。
(MIRって書いてました〜ご指摘Thanks!)
ちょっとお祓いした方がいいんじゃないでしょうか。
毎年々々怪我に祟られるチームだなぁ。
それにしても、ボーネル記者のブログ:「モリソンの不在は埋め合わせがきくだろう」への読者コメント、「ディフェンスのダメなモリソンなんかいないほうが良いチームになる」とか、薄情なボブキャッツファンもけっこういる。

◆前に「オカフォーはMAX契約に値する?」と書いたボーネル記者。
でも、やはりオカフォーは「絶対必要」と思っているらしく――シャーロット・ホーネッツの人気凋落はアロンゾ・モーニングと再契約しなかったときから始まった。ボブ・ジョンソンやマイケル・ジョーダンはその歴史を知っているのだろうか。オカフォーはドワイト・ハワードのようなMAX契約レベルではないかもしれないが、それほど大差があるわけでもない。若いタレントの価格は高騰している。出費を惜しんで競うために必要な人材を確保しなければ、昔のホーネッツのようにファンの信頼を失う――と。
結局、MAXでもしょうがないってことですかね。
だけど、サム・スミスはシカゴのデン&ゴードン(オカフォーと同期)の契約延長について――オールスターにも選ばれていない選手が8桁のサラリーに値するか?自分の値打ちは自分で証明しろ――お、正論やん。(笑)


そのサム・スミス、コービーの獲得には反対だそう。とにかく今シーズンは様子を見よう、デン&ゴードンと契約延長はせず柔軟性を残したまま…と。
レイカーズは、交換要員に「ゴードン、ハインリック、ベン・ウォレスの3人のうち2人」を含むよう要求したが、ベン・ウォレスと一緒にプレーしたいコービーが妨害したという噂がある。また、コービーを獲得してもポストでの得点力不足は残る。ブルズのプレースタイルも変更せねばならない。イーストの某GMは、ブライアント&デンのコンビを「大した脅威ではない」と言った。
ブライアントの契約は2010−11シーズンに約2480万ドルとなり、トレード拒否権も持っている。さらに、シーズン初日に年俸の70%を受け取る。そして、レイカーズが勝てないと言って激怒している。もしブルズが勝てなかったらどうなる?昨シーズンのレイカーズは、怪我に襲われるまで5割を13ゲーム上回っていた。彼らはクズではない。ブライアントとの取引で複数の選手を手放せば、実質的にブルズは彼に任せることになる。
彼は来年30歳で、ひざを手術(関節鏡検査)し、11シーズンで2万8000分プレーした。ジョーダンの場合、その後はブルズで2シーズンしかプレーしなかった。
トレードされればブライアントは忌避条項を撤回するだろうと推測される。しかし、それはあくまで推測だ。さらに、彼は契約延長を求めるだろう。毎年5〜10%の昇給を求めることができるため、34歳で、キャリア16年のブライアントに3000万ドル近く払うことになる――云々。(ものすごく大雑把ですが)

元ブルズのランディ・ブラウンが古巣キングスのアシスタントコーチになったそうです。
「サッカー・パパをやってきたけど、息子も大学へ行ったし。ずっとコーチになりたいと思っていたんだ」


2007年10月21日

プレシーズン第6戦

93−113 @レイカーズ (boxscore

あれま。

ウォレスはまた28P(FG 8-13, FT 10-11)だけど、第3Q残り7分で5ファウルとか。モリソンはウォルトンのドライブをディフェンスしていてフロアに倒れ、激痛に左ひざを押さえ、第3Q残り5分23秒で支えられながらロッカールームに下がり、戻ってこなかったというし…。
本家のボックススコアが遅いので、Yahoo!で見たら、またリバウンドが負けてるなぁ。
ま、まだプレシーズンですけどね〜。
コービーは全然働く必要がなかったらしい。
チームメイトの意地炸裂?(^^;

1020.jpg

まったくリバウンドが取れなかったホークス戦を踏まえて、オブザーバーのトム・ソレンセンが――サム・ヴィンセントはトランジションゲームを志向しているが、リバウンドが取れなければ速攻は出ない。オカフォーは優れたパワーフォワードだが、センターとしてはサイズが足りない。ブレゼッチは縦横無尽なプレースタイルに適応できるだろうか。ウィングのウォレスとリチャードソンは素晴らしい。だが、勝つための次の手段として、誰かを手放さなければならない。さもなければ、スピードでサイズ不足を相殺するウェスタン・カンファレンスのオフェンス・スタイルに賭けるしかないが、うまくいくとは思えない――と、ウェレスをビッグマンとトレードしろ的コラムを。

しかし、ウォレスと引き換えるだけの値打ちがあって、なおかつ獲得可能なビッグマンなんて、どこにいらっしゃいますの?

2007年10月20日

TIP-OFF (25)

ポンテル来ました。週の初めにオーダーすると週末に届くな。
たぶん、もう、さすがにこれで打ち止めだと思うけど…。
あ、もしかしたらボブキャッツを買う日が来るかもしれない。(^^)
あとはPAL方式が再生できるDVDプレ〜ヤ〜。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第9章:Finishing the Picasso - 1


1984年当時、NBAファミリーはまだアットホームな組織だった。時には少し快適すぎ、経営陣のレベルで排他的な友情と利害対立がいっぱいなほど。例えば、ニュージャージー・ネッツは、元マディソン・スクエア・ガーデン幹部で、後にボストン・セルティックスの共同オーナーになったアラン・コーエンと密接な実業家グループが所有しており、コーエンはボストンを去った後でもちょくちょく人事に口を出した。ニュージャージーの元コーチの1人、デイブ・ウォールによると、ネッツはコーエンのアドバイスを傾聴した。しかし、そのような基準から考えても、今となれば、1984年にポートランド・トレイルブレイザーズを襲った入り組んだスキャンダルを理解するのは難しい。

当時のサンディエゴ・クリッパーズ社長アラン・ローゼンバーグは、どういうわけかポートランドに、アキーム・オラジュワンとパトリック・ユーイング(アーリーエントリーをするかどうか論じられていた2人のスーパースター3年生)に探りを入れる協力を求められた。法律家でもあるローゼンバーグは、大学生たちが道理にかなった決定をできるように、サラリーキャップについて説明することになっていた。とにかく、ローゼンバーグは4月17日にオラジュワンの代理人と弁護士、マイケル・マッケンジーとパット・エリスに会い、その直後の五輪選考会の間に、ユーイングの恩師であるジョージタウン大学のジョン・トンプソン コーチとも会った。当初、ブレイザーズは自分たちの不正行為の隠れ蓑として、ポートランドとローゼンバーグの無関係さを利用した。チームオーナーのラリー・ワインバーグは、5月7日に不正直な声明を発表した:「彼らが何と言おうと、アキーム・オラジュワン、またはパトリック・ユーイング、あるいは彼らの代理人に申し出をしたり、連絡を取ったポートランド・トレイルブレイザーズの関係者は一人もおりません」

ローゼンバーグがポートランドの代理を務めたと認めるブレイザーズ副社長ハリー・グリックマンの言葉を最初に引用したのは、ポートランドの新聞『オレゴニアン』だった。「彼はブレイザーズのために働いてくれた」と、グリックマンは語っている。「(マッケンジーとエリスは)オラジュワンをドラフトしそうな2チームと話したがっていた。オラジュワンにアーリーエントリーのことで助言できるように。それと、サラリーキャップがもたらす影響についても知りたがっていた」

ブレイザーズは(もし指名した暁には)条件付きの1年120万ドルを提示し、オラジュワンとの暫定合意に達した、とニューヨーク・ポストが報じた。明らかに、オラジュワンとユーイングの2人がドラフトにエントリーすれば、大いにブレイザーズのためになっただろう。その場合なら、もしコインフリップに負けても、2位指名権でオラジュワンかユーイングをドラフトするチャンスが保証されている。リーグはまた、ロケッツがほぼ同じ事をしたというレポートも調査した。しかし、ロケッツ関係者は、オラジュワンが公式にNCAA資格を放棄する用意ができていないと知ったとき、オラジュワンのアドバイザーとの会談を取りやめたことが分かった。

NBA保安部長ジャック・ジョイスによる調査の間、ポートランドの不安は募った。厳しい先例は1975年にある。当時のコミッショナー ローレンス・オブライエンは、ジョージ・マクギニス−−フィラデルフィア・セブンティシクサーズが権利を有していた−−に干渉し、違法に契約を進めたことに対する罰則として、ニューヨーク・ニックスから1巡目指名権を剥奪している。今回ブレイザーズは、NBA規則6.05条を侵害するように思われた:『毎年のドラフト会議の45日前より前に、直接間接を問わず、いかなる話し合い、連絡、接触であれ、ドラフトで選ばれる資格のない選手との関与、あるいは関与しようと試みることを禁ず』(※正式な文章は難しい(汗))

ブレイザーズ副社長ハリー・グリックマンは、オレゴニアンに対し、ブレイザーズはローゼンバーグの会談についてNBAに連絡した、と述べた。「契約交渉はしていない。6.05条に関する当方の解釈によれば、私たちは何も間違ったことはしていない」

デイビッド・スターンは、別のフランチャイズを代理したローゼンバーグの二心には妙に無関心だった。「法律家として他チームのために働くことはあり得る」と、彼は言った。しかし、大学生への干渉については、明らかに自分にとっての金の卵を産むガチョウを守りたかったようだ。コミッショナーは、ブレイザーズに25万ドル(当時は莫大な金額)の罰金を科すことによって、集団に強いメッセージを送った。調査結果が示され、スターンは短い声明で、ポートランドは「いかなる契約交渉も行っておらず、NBA手順に関する一般的な議論のみに携わった」と述べた。しかし、コミッショナーはさらに、「今回のペナルティは、将来のいかなるこの規則への違反も大目に見られないということを全NBAチームへの通知として役立てられなければならない」と言い添えた。

これはすべてナンセンスで、ローゼンバーグはオラジュワンにアーリーエントリーをそそのかしたりしなかった、と、マッケンジーは主張している。ブレイザーズにとっては本当に厄介な混乱だった。しかも、彼らはすぐにコイントスにも敗れるのだが、少なくともまだ貴重な1巡目指名権は持っていた。1981年の日和見的なトレードで、インディアナへトム・オーエンス(再びデトロイトへトレードされるまで、ペイサーズで74試合、10.5得点、5リバウンドの記録を残した魅力が薄いセンター)を送って手に入れたものである。今回の事件に明るい面を見つけようとして、グリックマンは、「フランチャイズは最悪の容疑から赦免され、今はただコインフリップに備える時である」と宣言した。
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2007年10月19日

プレシーズン第5戦

1018.jpg98−104 vsホークス (boxscore

アル・ホーフォードに22P(FG 7-10, FT 8-11)&12R&4B&1Sもされちゃった。
ま〜いきなりホークスのエースでおかしくないと思ってたけど。
ジェラルド・ウォレスは34P(FG 11-18, FT 11-14)&10R&2S&2Bと大活躍。
どうやら今シーズンはホークスもライバルになりそうですね…
いつの間にかユニフォームもいい感じになってるし。(笑)

本日は地元の中学生を招待した毎年恒例"Cool School Field Trip,"で、試合開始が午前10時半。そのせいか(関係ないか)、オカフォーが45分もプレーしてたった2リバウンド(ブロックショットは4)というのは、プレシーズンでもちと不安…。

オブザーバーのボーネル記者がブログで――10月31日が期限のオカフォーの契約延長はまだまとまらない。つまり、チームはMAX契約(5年で約8000万ドル)を提示していないのだろう。オカフォーと同期のドワイト・ハワードはMAX契約を結んだ。ハワードの実績はオカフォーより上だし、ポテンシャルも莫大だ。だから、ハワードより少ない金額の提示は理解できる。オカフォーはボブキャッツ内での最高年俸に値するが、MAX契約を結ぶエリートの一員かどうかは不確かだ――と書いて、読者コメントで袋叩き(^^;になってたけど、残念ながらやはり、ドワイト・ハワードと同等ではないように思う。

ただ、「面倒なことに、ユタ・ジャズのオーナー ラリー・ミラーは、来年の夏になったらデロン・ウィリアムスとのMAX契約を受け入れる、と述べた。ウィリアムスは優秀なPGだが、ジャズにとって不可欠な選手か?オカフォーはボブキャッツのディフェンス面に不可欠な選手だ。ラリー・ミラーの発言はボブキャッツに余分な出費を強いるかもしれない」だそうです。


シカゴはコービー待望一色かと思ったら、そうでもないようで、トリビューンのリック・モリシーは「いらない」派。

新来者の周りにチームを築いてすぐに勝つのは難しい。
レイカーズはたぶん、ハインリック、デン、ゴードンの3人のうち2人は要求するだろう。
近頃、人々は即効性を期待しすぎる。携帯電話とか脂肪吸引とか。
若いブルズの成長を待つのは忍耐力がいる。しかし、インサイドの得点力があれば、今のままでも優勝の可能性はある。
ブライアントの獲得はチームのDNAを変える。ハングリーなチームはワンマンチームに勝る。ブライアントを擁していても、レイカーズは2年連続プレイオフ1回戦敗退ではないか。
デンは大器だ。彼にゴー・トゥ・ガイになるチャンスを。ブライアントのためにデンを手放すのは愚かだ。このチームが成長するのを見守ろう。
ベン・ウォレスと契約したとき、すぐにも優勝に手が届くと思ったのは間違いだ。マイケル・ジョーダンが言うように、勝つことはプロセスだ。良いチームを築くには時間がかかる。
バロメーターとしてジョーダン時代にさかのぼろう。初期のブルズはMJがいても勝てなかった。やがて、ピストンズとの死闘を経て、乗り越えた。
もちろん、今のブルズにそんなタレントはいないが、彼らには何かがある。それが何か、答えを待つのは楽しい。

で、「コービーのためにゴードンとデンをトレードすべき?」ネット投票
・ゴードンはいいけどデンはダメ  50.6%
・デンはいいけどゴードンはダメ  1.8%
・どちらもダメ。ブルズの未来は明るい  31.5%
・必要ならどんな手段でも  16.1%

2007年10月18日

コービー熱

ところで、またぞろコービーのトレード話がかまびすしいようですね。
シカゴはもう、「コービー」「コービー」大合唱。
サンタイムズのジェイ・マリオッティ(もう敬称つけない(笑))がまたまた長文コラムを書き、トリビューンのマイク・ダウニーも「He may be no Michael Jordan, but a Kobe Bryant does not come along every day. Get him into a Bulls uniform, fellas.」と。
なんか、交換要員に噂されまくりのベン・ゴードンが気の毒〜。

私はもう、ブルズと関係ないし、コラムが長すぎてちゃんと読む気もしないんだけど、ジェイ・マリオッティの手のひら返しに少々うんざり(某亀○一家は大嫌いだけど、くるっと手のひら返したマスコミやコメンテーターにもかなりうんざり)デス。

シカゴはジョーダンの町だった。政党の町で、ピカソの町で、風の町で、ステーキとプレイオフの町だ。しかし、バスケットボールの町ではない。シカゴは野球とベアーズの町だ。ブルズがプレイオフに出場しても、乏しい情熱しか与えられない。コービー・ブライアントは、その社会構造を吹き飛ばすことができる。シカゴは彼のものだ。
もしブルズが本気で望めば、彼を獲得できる。
私は、ブライアントのサラリーが今後4年で8860万ドルでも、史上最高額での契約延長を望んでも、気にしない。交換にゴードンやハインリックやノア他数名が必要でも気にしない。ブライアント、ルオール・デン、ベン・ウォレスを核とするブルズは残るのだから。
今のブルズはNBAで優勝できず、シカゴを興奮させることもできないのだから。ブライアントと共に、彼らはもう1度トロフィーを獲得し、スポーツ界最高の物語をつむぐことができるかもしれない。毎試合前、ジョーダン像の前を通り、その男が建てたアリーナで伝説をたどろうとするコービーのチャレンジに誰が魅了されないだろう? LAのコラムニストが、シカゴはコービーにとって十分なマーケットではないと言ったことが、パクソンのやる気を駆り立てるべきだ。
ラインズドルフはバスケットボールファンとの関係を改善できる。カンファレンス準決勝を勝ち抜くことができない、ナイスで若くて元気のいいクラブを差し出し、もう1つか2つの優勝バナーを手に入れようとすることによって。
かつて私は、コービー・ブライアントをスポーツ界で最も利己的で問題のある未熟な若僧だと言ったことがある。もっとよく彼を観察すれば、私はそこに、タイトルを勝ち取るために同じ殺人的な切迫感を持つ狂気じみた競争者を見る−−自分の周囲のチームメイトや経営陣に自分と同じ渇望を要求する−−そのジョーダンも、同じ年頃には落ち着いた。おかしなことに、アメリカは、マイケルのかんしゃくや突風のようなスコアリングは大目に見て、逆境を乗り越え、チャンピオンシップに勝つことを応援した。スーパー・ブラット(brat=不作法なガキ)と見なされるコービーとは反対に。反発の一部は、コロラド州での性的暴行事件が原因だろう。それは4年前に起こり、告訴人が証言したがらなかったため、検察当局が告訴を棄却して終わった。彼は先へ進み、一般に、国も先へ進んだ。ジョーダン以来誰もいなかったように試合を支配する彼の才能に驚嘆しながら。
シカゴはイースタンに所属し、レイカーズとは1シーズン2試合しか対戦しない。フリーエージェントになった数年前、ブライアントはブルズへの移籍を真剣に検討した。ブライアントとトレードできる人材を持つチームは少ない。ブルズは最も柔軟性に恵まれている。十分なタレントをLAに送っても、まだ勝つのに十分な選手層がブライアントに残されるだろう。
レイカーズはファンをなだめるために十分なタレントが必要だ。彼らはデンを望む。ブルズは拒否する。
私はデンをトレードしてもいいとさえ思う。
14年前、パクソンはフェニックスで決勝シュートを決めた。コービー・ブライアントの獲得は、さらなるビッグショットである。
(※飛ばし読み&抜粋もいいところなので、ニュアンスが違っていたらゴメンナサイ)


そりゃあ、マイケルとコービーは似た部分も多いと思うけど、でも、やっぱり一緒にするのはおかしくないですか(緑字部分が引っかかる)。それに、マイケルはバッシングされなかったと? お父さんが殺されたのもギャンブル絡みだとか、ほとんど言いがかりのようなバッシングまでされたじゃないですか。
立場が変われば見方も大違いなんですね〜。よそのチームにいるコービーは散々けなして(レイプ疑惑のときだって、マリオッティさんはかなり手厳しかったことを覚えてますよ)、シカゴへ来るかもしれないとなったら、まあ・・・。

――あぁ、文字ばかり続いてつまんね〜。(^^;
マイケルの写真を載せたい〜。
posted by まき at 22:36| Comment(3) | TrackBack(0) | BULLS+シカゴ | 更新情報をチェックする

テレビ出演の記事(2)

Jordan dips into champaign
Wednesday, October 17, 2007

銀のフェラーリの着色ウインドウに隠れて、マイケル・ジョーダンは町に忍び込んだ。
彼と息子のジェフ、イリノイ大学コーチ ブルース・ウェバー、NBC『トゥデー・ショー』ホストのマット・ラウアと一緒のインタビューセッションは、アレーネイ・バスケットボールのプロモーションの一部に変わった。
大学バスケットボール・シーズンが11月初旬に始まる前のいつか、MJと息子を特集した番組が放送される予定だ。テレビ局は大学に放送日時を連絡するという。
「こういうポジティブな宣伝に価値を与えるのは難しいです」と、体育局広報のケント・ブラウンは言った。

ジョーダン父子、ウェーバー、ラウアは、ユーベン・バスケットボール・コンプレックスでのトレーニングセッションの間、マイクを身に着けた。練習場は物見高い見物人を遠ざけるために封鎖され、ロッカールームに隣接した選手用ラウンジは仮設スタジオになった。
4台のカメラを含めた番組製作班は、心理学クラスに向かうジェフ・ジョーダンも追った。教授は約5分の注目を受けた。

ハイランドパークの自宅からキャンパスまでドライブしてきたマイケル・ジョーダンは、去り際に、今冬のバスケットボールの試合に戻ってくると言い残した。
ジョーダンがフェラーリへ進むと、ほんの一握りのサインを求める人々がドアのところにいた。ジョーダンは混雑したセントメアリー通りを通ってリンカーン大通りへ向かった。彼が去る前に、ブラウンは時間を取らせたことに謝辞を述べた。
「大したことないよ」と、マイケルは言った。「往復でほんの葉巻2本分さ」


あれ?またハイランドパークに住んでるの?
番組の放送はまだみたいですね。
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2007年10月17日

テレビ出演

やっぱり同じ国に住んでるっていいなぁ。いくらインターネットが普及してもさぁ。
昨日、「ENTERTAINMENT>TALK SHOWS 7 a.m. NBC (12) Today Jake Gyllenhaal; Michael Jordan; tutoring services.」
記事(?)があったんですよ。で、NBCのトークショーに登場するのか?と思ったんだけど、ナンも分からないまま…。もしかして別のマイケル・ジョーダンさん?とか。

そしたら、今日、シャンペーン(イリノイ大学所在地)発で、"Jordan breezes into town for 'Today Show' taping"という記事を発見。

Tuesday, October 16, 2007

マイケル・ジョーダンはカロライナ・ブルーのワードローブにオレンジのアイテムを加えた。
そして、イリノイ大学のバスケットボール・プログラムは、まだ1試合もプレーしていない類まれな1年生から利益を受け続けている。

シカゴ・ブルズのレジェンドは、NBCの『トゥデー・ショー』の特集を録画撮影するために、月曜日にイリノイ大学の練習場を訪れた。番組は有名な父親と次第に有名になる息子のジェフを取り上げる。大学関係者は、番組の放送日時をはっきり知らない。
「価値を言うのが難しいほどポジティブな出来事です」と、体育局広報のケント・ブラウンは言った。「マイケルとジェフはイリノイ大学に非常に理解を示しました。まず素晴らしい学術機関であり、なおかつ国内最高のバスケットボール・プログラムの1つと考えられていることを知っていました」

おそらく史上最高のプレイヤーの息子が、今年5月に、イリノイ大学でバスケットボールをすると発表したとき、ブルース・ウェバーコーチは周辺的な利益があると考えた。その直後の6月初め、NBCから今回の特集の構想についてブラウンに連絡があった。

月曜日、シャンペーンに必要なメンバー全員が揃った:ジョーダン父子、ウェバー、『トゥデー・ショー』のホスト マット・ラウアと4台のカメラを用いる大勢の製作班。ジェフ・ジョーダンが一連のワークアウトを行ったとき、父と息子とコーチにはマイクが着けられた。
「彼らは選手用ラウンジをテレビスタジオにしました」と、ブラウンは言った。
マイケル・ジョーダンは今シーズンのアッセンブリー・ホールでの試合を観戦するつもりだと示唆した、とブラウンは言った。シャーロット・ボブキャッツや他の仕事とのスケジュール調整にもよるが。
おそらく、ジョーダンはノースカロライナ・ブルーの代わりにオレンジを誇らしげに示すつもりだろう。ジョーダンは何着かのアレーネイ・アイテムを手に、ユーベン・バスケットボール・コンプレックスを立ち去った。

「今日、彼はジェフのためにさまざまな尽力をした、非常に子供思いの父親でした」と、ブラウンは言った。「彼には素晴らしいパーソナリティがあります。とてもフレンドリーで、人当たりの良い方でした。・・・当校の関係者は、ジェフと共に秩序立った状況のキープをうまくやり遂げたと思います。ジェフは非常にユニークなセレブリティ・ファミリーの出身です。彼の父親の名前のスターパワーは、本当に、極めてまれなものです」


つまり、15日に録画して16日の朝に放送されちゃったんでしょうか。
オプラ・ウィンフリー・ショーはHPで様子が窺えたし、CBSの60 minutesはインタビューの全文をHPに掲載してくれたけど(結局、日本でも放映されたし♪)、The Today Showは?
YouTubeにマドンナやビクトリア・ベッカム出演シーンなどがあるので、待っていたら誰かUPしてくれるかな〜。

※オプラ・ウィンフリー・ショーとCBSの60 minutesについては、このブログの2005年10月を参照して下さい。

そう言えば、このところリクルートがうまくいかず、イリノイ州の有望高校生さえ他州の大学に取られていたイリノイ大学が、今年は続々と州内のスター高校生から入学を約束(口頭ながら)されているらしいです。(マーカスと同じ2009年組)
ひょっとして、「リクルートしたい高校生やその両親に、『MJから息子を託された』という必殺の口説き文句を使うことができる」という、ジェフリー入学決定当時の一部観測が当たってた?
イリノイ大学を見学に訪れ、入学を決めた高校生が、「ジェフ・ジョーダンに構内を案内してもらったんだけど、本当にナイス・キッド(年上にkid)だったよ」と言ってました。


★ついでに、ゲータレードからゲータレード・タイガーが発売されるそうです。(記事

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2007年10月16日

プレシーズン第4戦

1015.jpg○96−86 vsネッツ (boxscore

今日もキッド抜きのネッツですけど〜。

2巡目36位指名ながら、J・デヴィッドソンが27分で14P(FG5-6, FT4-4)&4R&3A&3S&1Bと活躍。
ルーキーシーズン後半は苦しんだモリソンも、チームでただ一人4試合連続2ケタ得点をキープ:「去年は、新人王を取れる?とか雑音が多かったけど、今年はただ楽しもうと思って、またプレーすることを楽しんでいる。去年は時々楽しくて、時々楽しくなかった。このチームにはジェラルドとジェイソンという素晴らしいウィングがいるから、自分はベンチスタートで構わない。勝利に貢献できればそれでいい」

◆ジェラルド・ウォレスは4ゲーム合計90分のプレーでフリースローが39! キャリア通算成功率は64%だが、熱心に練習に取り組んだかいあって?プレシーズンでは74%まで改善。

◆第4Q早々に肘が当たって唇を縫ったオカフォーだが、18日のホークス戦に出場予定。

◆トレーニングキャンプを全休したブレゼッチは、“家族の危機”について詳細を語らなかったが、ファンとメディアにはシリアスな状況だったことを顧慮してくれるよう求め、それが解決した今は、昨シーズンの「悪夢(自分のプレーが)」を償うためにもチームの助けになりたいと話した。

◆松葉杖で会場入りしたショーン・メイ。手術前のMRI診断より軟骨の損傷は少なかったそう。

◆ジェイソン・リチャードソンに息子(ジャック)が誕生。

◆2〜3年前に日本でプレーしていた元UNCのジェイソン・ケイペル(ジェフ・ケイペルACの次男)が、ボブキャッツのラジオ解説者に。約50試合はマグジー・ボーグスが解説し、30試合ほどをケイペルが担当の予定。

2007年10月15日

TIP-OFF (24)

うひ〜ポンテル、オーダーしちゃったヨン。これで優勝シーズンのプレイオフはコンプリート。(ポンテルで販売している分は) 我ながら・・・かもなぁ。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第8章:Embracing Defeat - 3


ユタ・ジャズのコーチだったフランク・レイデンは、ロケッツのチーム幹部が一度、実際にある種のたくらみがあったことを認めたと伝えている。「彼らはわざと負けた。経営幹部の1人から、ビジネス的な決定だったと聞いたことがある」と、密告者の名前は明かさないまま、レイデンは言った。「だからロッタリーシステムが導入されたわけだが、どちらにしろ、今でもまだ完全になくなってはいない。『28位になるくらいなら、30位になって抽選の確率を上げたほうが得策だ』というところだね。私自身は、ドラフト順位について気にしたことはない。もし私が1位指名権を持っていたら、ジョー・バリー・キャロルを指名したんじゃないかといつも思っているよ」
ジョー・バリー・キャロルは、1980年のイの1番でゴールデンステイト・ウォリアーズに指名されたセンターで、最も有名な失敗指名の1人だ。ウォリアーズGMのスコット・スターリングは、1位指名権を確保するために、ロバート・パリッシュ+ドラフト3位指名権をボストンにトレードした。セルティックスがその3位指名権で獲得した選手こそ、ケヴィン・マクヘイルなのである。もっとも、1984年のロケッツに、そのような愚かな取引をするつもりは全くなかった。彼らはストレートにオラジュワンかジョーダンに狙いを定めていた。

その春の疑惑の試合から、NBAは深刻なダメージを被った。どうしてロケッツがそんなひどい成績を残せるのか、理解するのは難しかった。何しろ、平均21得点&11.1リバウンド&2.4ブロックのスタッツを記録し、満場一致で新人王に選ばれたセンターのサンプソンがいるのだ。さらに、ロケッツには他にも数人の前途有望な若手が所属していた。事態を強く憂慮したリーグは、1984年のドラフトから数週間後、再発防止のためにロッタリー・システムを新設した。改正ドラフトでは、プレーオフ不出場の7チームが、シーズン成績と関係なく、テレビ中継される抽選でトップ指名権を引き当てるチャンスを得る。85年の1位指名はユーイングになるだろう。そして、ユーイングを獲得したチームがゴールデンステイト・ウォリアーズの失敗を繰り返す可能性は小さい。だが、それは翌年の話だ。

1984年5月、ロケッツは、勝てば1位でオラジュワンを指名し、負ければ2位でジョーダンを指名すると決めた運命のコインフリップに臨む。これは、それほど容易な決定ではなかったはずだ。ロケッツにはすでに、サンプソンという若く傑出したセンターがいる。たとえ1位指名でも、ジョーダンをサンプソンの補完として獲得するという意見は無視できなかった。しかし、最終的には、ツイン・タワーという考えに傾倒するフィッチが決めた。それは間違いなくチャレンジだったろう。だが、フィッチは、ボストンでケヴィン・マクヘイルとロバート・パリッシュが成功したシステムの考案者なのだ。これは、一般に、巨大な体格だけが優勝への道を開く条件だと考えられていた時代の話である。セルティックスの名将レッド・アワーバックも、マイケル・ジョーダンとスコッティ・ピペンの未来を想像できない人間の1人だった。彼は、サンプソン+オラジュワンの構想を支持している。「10人のオスカー・ロバートソンや10人のジェリー・ウエストで勝とうとする時代は終わった」と、ニューヨーク・タイムズのインタビューで彼は語った。「まあ、何試合かは勝つだろう。だが、10人のビル・ラッセルなら常勝だよ。加えて、チームには複数のビッグマンが必要だ。故障ということもあるし、長いシーズンとプレイオフを戦えば、誰でも疲れる」
アワーバックの下で4シーズン働いたフィッチは、その意見をそのまま繰り返した。「他のポジションの素晴らしいプレイヤーのために素晴らしいビッグマンを逃すことはできない」と、彼は断言した。「それは歴史が証明している」

フィッチがジョーダンよりオラジュワンに傾いた理由は他にもあった。ディーン・スミスの判断は信頼していたし、ジョーダンのことも好きだったが、フィッチはサンプソンの信奉者ではなかったのだ。アイオワ州シーダーラピッズ出身のフィッチは、自分の選手がタフで意地悪なことを好む、昔気質な男だった。サンプソンは、いわゆる『ソフト』なタイプで、敵ににらみをきかせたり、誰かを肘打ちしたり、レーンで相手を強打して威嚇したりしそうになかった。彼はモーゼス・マローンでもロバート・パリッシュでもなかった。1986年のファイナル第5戦で、サンプソンはとうとう自制を失ったが、不運なパンチを見舞った相手は、自分より5インチも背が低いボストン・セルティックスのジェリー・システィングだった。フィッチは、オラジュワンの方がもっと昔ながらのセンターで、もっとタフな選手だと見ていた。サンプソンには、よりクイックネスを活用し、より快適にプレーできるパワーフォワードへの転向を求めるつもりだった。

また、オラジュワンの選択には、地元ファンの要求に応えるという一面もある。「当然、アキームを選ぶと思われていたよ。彼は地元の選手だったからね」と、ピーターソンは言う。1年前のドラフトで、フィッチはロケッツの2つ目の指名権(1巡目3位)でマクレーを獲得した。ヒューストン大学の才能豊かなシューティング・ガード、クライド・ドレクスラーを無視して。すでに1度、ファイ・スラマ・ジャマのスターの1人に背を向けているのだ。「もしオラジュワンまで選ばなかったら、ヒューストン市民に家を焼き払われていただろう」と、フィッチは言った。一方、オラジュワンの選択に反対する少数派の1人が、ロケッツの1位指名権獲得に貢献したとも言えるヘイズその人だった。彼自身はすでに引退していたため、それはまったく私利的な意見ではない。もし自分に選択が任されるなら、「何を置いても」ジョーダンを選ぶ、とヘイズは述べた。

ロケッツにはまだ、もっと想像力に富んだオプションもあったのだ−−サンプソンとジョーダンのトレードである。オラジュワンをセンターに据え、ジョーダンをシューティングガードに置くラインアップ。しかし、その取引は、ヒューストン経営陣に提示されるや否や却下され、決して真剣に検討されることはなかった。サンプソンのトレードは、フィッチさえ負う勇気がない責任だったのだ。サンプソンのルーキー・シーズンの実績は素晴らしく、ガードと交換するには惜しいほどの長身だったからだ。そこで、ロケッツはオラジュワンを指名し、フィッチは、2人の巨人を1つのラインアップにフィットさせるという大仕事に取り組むことになる。もし彼が成功していれば、新しいタイプの王朝が築かれたかもしれない。
posted by まき at 20:38| Comment(2) | TrackBack(0) | TIP-OFF | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

ジェラルド・ウォレス

勝ったので、リキャップも読みました。(笑)
シャーロット・オブザーバーもBobcats.comもG・ウォレスのハードワーカーぶりが話題。

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「プレシーズンもオフシーズンもない。コートに立ったら、いつでも勝ちたい。何をしたって勝とうとするんだ、俺は」
27分で19得点(FT12-15)&5リバウンド&5アシスト&4スティール&14ダイビング(チームメイトのジェフ・マキニス調べ)
昨シーズンのニックネームは“クラッシュ” 
チームメイトはロッカーに「No Diving」と張り紙をしたが、結局効果なし。

「彼がフロアへ衝突するたびに、私は身がすくむ。実際、彼にもそう伝えたよ」と、ヴィンセントHC。「そういう姿勢は奪いたくない。彼は熱いプレイヤーだ。彼の情熱やエネルギーは大好きだ。しかし、あんなに何度もフロアへ叩きつけられていたら、どれだけプレーできるか心配だ。何か手を打つ必要があると思う。具体的には考えていないが、本当に、ジェラルドがあれほど倒れるところは見たくない」

「これが俺のプレーなんだ。フロアに衝突しなければ、プレーしたような気がしない。俺にとっては楽しいことなんだ。俺にこういうプレーをやめさせたかったら、クビにするしかないかもね。コーチの1人から、『君は自分の契約が保証されたものだと知っているよな?』と言われたけどね。(笑)」

――私も好きだなぁ、こういうタイプ。
マイケルはそこのところもちゃんと考慮しつつプレーしていたと思うけど。
エクスパンション・ドラフトでウォレスが獲得できたのも、2003年のサクラメント・キングスの選手層が厚かったおかげですね〜。


◆ジェイソン・リチャードソンの欠場は夫人の陣痛が始まったため。

プレシーズン第3戦

○92−76 vsヒート (boxscore

全然本気じゃないヒートと、ほぼ主力を固めているボブキャッツじゃ、勝って当然かと。ヒートは知らない選手の方が多い。(私が知らないだけか?(^^;) シャックは大腿四頭筋打撲で途中退場だし。

◆結局トレーニング・キャンプを全休したブレゼッチがチームに合流。
体調は良さそうだが、「急かすつもりはない」と、コーチ。
オカフォーは「プリモは実直な性格だし、何も心配していない」

とりあえず、ジェイソン・リチャードソンも「誰よりも15分か20分は早く練習に来る。(コーチ談)」そうだし、ボブキャッツって良い奴ばっかりみたい。強いかどーかはまた別だけど、ま、内輪でトゲトゲしてるチームよりいいでしょう。(<どことは言わない)
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