2007年11月30日

TIP-OFF (34)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第10章:Liking Mike - 5


あらためて、これは異なる時代の話だ。少なくとも、ドラフトしたい相手が自分のチームで喜んでプレーしてくれるかどうか、各チームのGMが心配せざるを得なくなったシニカルな時代とは、10年ほど隔たっている。何年か後、高校からプロ入りしたコービー・ブライアントは、ニュージャージー・ネッツに対して、自分をドラフトしない方が良いと警告するだろう。イースト・ラザフォードでプレーするくらいなら、シーズンを全休するかヨーロッパへ行くと。現在のドラフト候補生たちは、チーム関係者のオーディションを受けるために国中を移動し、滞在先で積極的だったり消極的だったりする雰囲気を漂わせて、自分が特定のフランチャイズのために一所懸命プレーする気があるかどうか、巨大なメッセージを送っている。ジョーダンは違った。彼はシカゴを訪問しておらず、ソーンの方もブルズをどう思うか尋ねたことさえない。おそらくジョーダンは、シカゴに十分満足だろう。そこは、大きくて未開発なバスケットボール・マーケットで、東のボストンや西のロサンゼルスという確立された王朝の新鮮な代替都市だ。また、ブルズには金がある。彼らのオーナーには、シカゴ・スタジアムとブラックホークスを所有するウィリアム・ワーツから、ジョージ・スタインブレナーというマイノリティ・パートナーまでが名を連ねていた。ジョーダン本人も、エージェントのデイビッド・フォークやスポンサーのナイキを含む増え続ける側近たちも、ポートランドやダラスよりシカゴを好んだ。ここに、スーパースターを欠く巨大都市がある。忠実な市民たちは、他にスポーツ・ヒーローがいなかったため、まだ、とうの昔にカブスを引退したアーニー・バンクスを崇拝し続けていた。

ソーンにとって、ジョーダンがブルズのものになるかどうか、ただ待つだけの問題だった。ユーイングがジョージタウン大学残留を決めたとき、ソーンはジョーダンの獲得に不安を抱いた。ポートランドは2位指名権を持っている。ブレイザーズはブーイを選ぶかもしれない。ジョーダンを選ぶこともあり得る。トレードをすることもできる。

NBA周辺では、他のスポーツでは考えられないほど常に噂が飛び交っており、ブレイザーズの人事担当重役スチュー・インマンがブーイに傾いているという情報もすぐ伝わってきた。ポートランドにはすでに、クライド・ドレクスラーやジム・パクソンという優れたバックコートの選手が所属している。インマンは、ビル・ウォルトンを故障で失ってから不在の多才なビッグマンをミドルに置くことで、自分の最高傑作を描き上げようとしている。だが、インマンはブーイの足を信じているのか? ソーンは関係者に確かめたかった。ドラフトまで約1ヶ月を残す頃、彼は、真っ正直な人間であるインマンに、ブレイザーズがブーイを選ぶのかどうか尋ねた。インマンが嘘をつく理由はまったくなかった。自分が選択を変える、あるいはジョーダンを譲ると約束することで、ブルズから何らかの材料を引き出そうと考えない限り。インマンはそういう駆け引きが嫌いだった。彼は率直に、もしブーイが身体検査に合格すればドラフトで指名する、とソーンに教えた。

数週間が過ぎても、西海岸からは何の報道もなかった。便りのないのは良い知らせ、とソーンは考えた。次にインマンに会ったとき、ソーンは、ブーイが身体検査に合格したかどうか尋ねた。自分たちがブーイをドラフトするとは断言しないまま、インマンは「イエス」と答えた。ソーンはインマンの性格を良く知っており、自分を欺くつもりがないことを確信した。つまり、ジョーダンはほとんど確実に手に入りそうだ。そして、いよいよ周囲の人々を納得させる仕事に取り組む時間だった。

ブルズのGMは、ヘッドコーチのロカリーや、アシスタントコーチのビル・ブレアとフレッド・カーター、そしてCOOのジョナサン・コブラーに自分の決断を伝えるため、会議室でのミーティングを召集した。ロカリーはソーンの選択を気に入った。彼もソーンと同じように、ドクターJの幻想を頭に思い浮かべていた。ソーンは何度か、自分自身の矛盾を合理的に説明しなければならなかったが、やがて全員が彼の選択に同意した。あなたは常に、勝つためにはビッグマンが必要だと言ってこなかったか?と、コブラーは質問した。シューティングガードならデイリーがいるではないか?とも聞いた。「彼らはたぶん、『サイズが勝利をもたらしてくれる』という私のセリフを100回くらい耳にしていたはずだ」と、ソーンは回想する。「だから、『今度はいきなり、この男が欲しいって?ブーイがもたないと思うなら、パーキンスは?ディナー・ベルは?』と思ったはずだ」

ジョーダンは即座にブルズの助けになる非常に優れた選手かもしれない、とソーンは説明した。パーキンスや他の選手の指名にはためらいを感じる、とも付け加えた。実際のところ、それは釈迦に説法だった。その部屋にいた全員が、大型選手よりジョーダンのような電撃的なプレイヤーを求めていた。経験則からいって、ビッグマンがNBAで自分のペースを見つけるまで3年ほどかかる。部屋にいるメンバーのほとんどは、ブルズがすぐに改善されなければ、自分はそれほど長くここにいられないだろうと考えた。ミーティングは、ジョーダンをドラフトするという結論と共に解散された。これからドラフトまでの数週間のうちに、とんでもないチャンスが訪れない限り。

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2007年11月29日

TIP-OFF (33)

ピペンが1月11日にスウェーデンのスンツバル・ドラゴンズというチームで1試合だけプレーするそうです。(日本語記事
AP記事によると、1980年にスウェーデンへ交換留学したブルズのマイク・ウィルヘルムACが、スンツバル・ドラゴンズ(Sundsvall Dragons)の現チェアマンと友人で、そこから起こった話とか。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第10章:Liking Mike - 4


当時は今のように大学生がNBAフランチャイズを訪問することがなかったため、ソーンはちょくちょく国内の端から端まで情報収集の旅に出た。数年前には、ジェリー・スローンと一緒にミシガン州立大学のマジック・ジョンソンとユート・ヒースコート コーチに会いに行っている。トム・チェンバースを見学にユタ大学まで行き、ビル・カートライトをサンフランシスコ大学へ訪ね、スティーブ・ジョンソンと会いにオレゴン州立大学へ出かけた。今回、彼はレキシントンを訪れ、サム・ブーイやメル・ターピンと話をした。「ブーイは非常に明敏だった。ターピンはそれほどでもなかったが」と、ソーンは言う。ずんぐりしたプレイヤーにもともと乏しかった関心は、ジョー・B・ホール コーチの話を聞いて、さらに減少した。コーチは、厳しいダイエット中のターピンが、寮の部屋の窓からロープをたらして、こっそりピザを手に入れていたと教えてくれたのだ。

過去の経験と唐突な警告は、大いにソーンの役に立った。ブーイの印象は素晴らしかったが、故障で苦労したレスターのことを考えると、指名する気になれなかった。6フィート5インチでポストプレイヤーのバークリーについては、どう判断すればいいか誰にも分からなかった。ソーンの考えでは、ジョーダンかパーキンスが本命候補だったが、実のところ、ソーン自身はパーキンスにそれほど感銘を受けていなかった。ジョーダンをスカウトするためにノースカロライナ大学のゲームビデオを見たあと、パーキンスはまったく爆発的なパワーフォワードではないと感じたのだ。彼は、巨大なエネルギーの爆発を必要とするフランチャイズを好転させてはくれないだろう。

ジョーダンなら話は別だ。ソーンは以前から彼を知っていた。数年前、ワシントンで開催された高校オールスターゲーム(キャピタル・クラシック)に出場していたからだ。試合当日のジョーダンはあまり良いプレーをしていなかったが、何度か練習を見学したというワシントン・ブレッツGMのボブ・フェリーが、「間違いなくこの子がチームで1番の選手だ。練習ではあり得ない芸当を見せていたよ」と教えてくれた。ソーンはその言葉を胸の奥深くにしまった。その後、スカウトの仕事でチャペル・ヒルを訪れたとき、ディーン・スミスから、最新式のビデオデッキで再生するアトランティック・コースト・カンファレンス(ACC)の試合のテープを手渡された。これはかなりの厚遇である。ESPN以前の時代には、大学の試合の映像は本当に貴重だった。そして、スミスは夢中になってジョーダンのことを話した。

ソーン本人は、スミスが吹聴するほどジョーダンを素晴らしいと思わなかったが――「私には先見の明があると主張したかったけれどね」と、彼は笑う――少なくとも、旺盛な競争心と身体能力の高さは、彼が見たビデオでも浮き彫りになっていた。ジョーダンのジャンプシュートは、まだそれほど上手くなかった。「ひどくはないが、特に良くもなかった」と、ソーンは言う。けれども、いくつかの動きは、ソーンにとって認知不能で、初めて目にするものだった。ブルズのGMは、以前にもそのような現象を経験したことがある。ABAのニュージャージー・ネッツでアシスタントコーチをしていた頃に目撃したジュリアス・アーヴィングのプレーだ。現在のブルズのコーチ、ケビン・ロカリーが、当時のネッツのヘッドコーチだった。ソーンとロカリーは、アーヴィングの天性の才能のユニークさに驚嘆していた。 「ただただ頭を振り、『あれはどうやったんだ?』と言うようなプレーが、1試合に4度か5度はあった」と、ソーンは言う。ジョーダンの若い頃と同じく、アーヴィングも素晴らしいジャンパーを持っていなかった。彼には必要なかったのだ。ソーンが点検したテープの中のジョーダンは、アーヴィングほど並外れて特別には見えなかったが、何度か非凡な瞬間を――まばゆい未来の輝きを――閃かせていた。そして、決まった:ジョーダンこそ、ソーンの選択だと。

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2007年11月28日

【14】 @マイアミ

90−110 (boxscore) 6勝8敗

1127.jpg

すでに3度目の対戦で、ウェイドも戻ったし、ヒートのホームだし、この前の不甲斐ないプレーのリベンジは覚悟してましたよ。
でも、ウェイドはまだまだ本調子ではなく、リザーブに回ったリッキー・デイビスとジェイソン・ウィリアムスに活躍されちゃってるのね〜。

結局、6勝4敗から4連敗…だんだん定位置に戻ってきた感じ。(^^;
とりあえず、フィラデルフィアで勝って7勝7敗だったらなぁ。
コーチもシステムもオフェンスのファーストオプション(J-Rich)も新しくなったわりには、そこそこスムーズなスタート、という評価だったんですけどねぇ。
あと、ライアン・ホリンズの欠場が長引くようなら、本気でビッグマンの獲得を考えざるを得ないだろう―という地元紙の論調ですが、ヴィンセントHCは「長期的な計画に合わないビッグマンを慌てて連れて来てほしいとは思っていない」そう。

次は土曜@シカゴで、月曜@トロントで、その次が水曜日にホームでブルズ。MJはユナイテッドセンターに現れるかな〜。(日曜日はマーカスの高校の今季初戦なので、シカゴにいるのではないかと) 誰か盗撮してくれ〜。


さて、今夜は年賀状でも作ってあげよう。(うちの親は宛先を手書きするので、早めに用意が必要なんです。しかも、3種類もハガキを買ってくるから、3通りのデザインを考えなきゃいけない)

2007年11月27日

リーバイスとコラボ

JB-LEVIS.jpgジョーダン・ブランドとリーバイ・ストラウスが、Jordan Levi's® Collectionを限定生産するそうです。
クラシックなスタイルと都会的なデザインを融合させ、メンズ・オンリーで、23 / 501® collectionと名付けられ、2008年3月から店頭に並ぶとのこと。
プロジェクトの一部として、ポケットにジャンプマン・ロゴの刺繍、革のウェストバンド・パッチにJordan Brandの名前が刻まれた501ジーンズと、リーバイスのオリジナル501デニムで作られたAJレトロ1と、シグネチャーTシャツの3点セット限定版パッケージが、2008年3月1日に一部の専門店、リーバイスストア、ナイキショップ、オンラインで購入可能ということのよう。

詳細はプレスリリースでどうぞ。
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2007年11月26日

TIP-OFF (32)

第3章から第6章まで省いたのに、まだようやく半分いくかいかないか〜。
で、ちょっと飽きてきた。(苦笑)
ずっと当時の各チームの状況説明が続くようです。
あと、知らない人の名前は適当なので、適当に読み流して下さい。(^^;

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第10章:Liking Mike - 3


有望だが不透明な今年のドラフトについて考えるとき、ソーンは過去の誤算の重みをずっしりと肩に感じた。業界で最も優秀な教師の1人に数えられるジェリー・スローンを解雇したこと。デイリーの選択の大失敗。計画通りにならなかった数々のドラフト指名。1983年の5位指名で選んだ大柄なシドニー・グリーンは、ルーキーシーズンにほとんど役に立たなかった。1980年の4位指名で取ったケルビン・ランジーは、すぐにアイオワ大学出身のロニー・レスターと交換でポートランドへトレードしたが、レスターはシカゴに着いた当初から身体的な問題を抱え、とうとう度重なる怪我を克服することがなかった。それは、1984年のドラフトに対するなお一層の教訓であった:もう、レスターのような故障がちな選手は取らない。もう、デイリーのような問題の多い選手は取らない。ソーンはオーナー陣と良好な関係にあったが、崖っぷちにいることを自覚していた。今回の決断次第で、自分の職は風前の灯であることを感じていた。

いわゆるオラジュワン・ドラフトは、大きな期待と相まって、ほぼ1年間煽り立てられてきた。しかし、ほとんどの人々は、ドラフト資格のある3年生と4年生の一群に、オラジュワン以外のフランチャイズ・ビルダーが複数存在することをまだ知らなかった。ブルズを含む誰もが、フランチャイズの運命の即座の変化を心に描き、1位指名権を切望していた。そして、ロケッツと同じように、ブルズも春のシーズン終盤に大きく負け越した。最後の5連敗を含め、15試合で14敗。ソーンは終始一貫して、自分もケビン・ロカリー コーチも何もやましいことはしておらず、ただチームがどうしようもなく弱かった結果だと主張している。

「私は、最善を尽くさなければ何か悪いことが自分の身に降りかかると信じているほど迷信深い人間だ」と、ソーンは言った。しかし、シーズンの終わり近くに、シカゴは間違いなく、破滅を引き起こしかねない勝利から重要な敗北をもぎとっている。4月初旬、クリーブランドと勝率で並んでいたブルズは、6連敗でニューヨークを訪れたが、マディソン・スクエア・ガーデンはほとんど空だった。チームのトッププレイヤーの1人で、おそらくブルズを見る唯一の理由だったオーランド・ウーリッジは怪我で欠場し、さらにリーグ周辺の眉をひそめさせた。ニックスは堅調なシーズンを送り(最終的に47勝35敗)、プレイオフで有利なポジションを得ようとしていた。この試合は、ホームチームの圧勝になると想像された。ほとんどのニューヨークファンが見逃しても構わないと思うほど一方的な試合に。ところが、どういうわけか激戦になった。ばかばかしいほどホットなデイリーが26本中17本のシュートを沈め、44得点したからだ。シカゴのドラフト順位に重傷を与えかねないアップセットの予感が漂った。

しかし、最後の数秒で、ブルズのスティーブ・ジョンソンがマーヴィン・ウェブスターのショットにゴールテンディングをコールされる。ウェブスターのシュートはめったに入らなかったため、このバイオレーションはことさら注目された。ただし、共同謀議を主張するのはあまりにも無理な解釈だろう。ジョンソンは、そのようなバイオレーションを即座に計画し、実行に移すほどチームと協調していなかった。とにかく、そのゴールのおかげでニックスが115対113で勝った。翌日、ブルズはホームへ戻り、ニックスとのリマッチに113対96で負けた。シカゴはキャバリアーズと1ゲーム差の27勝55敗でシーズンを終了し、クリーブランドのドラフト指名権を所有していたマーベリックスに先んじる3位指名権を確保した。ブルズはオラジュワンを手に入れないだろう。彼をスカウトする意味はなかった。その代わり、ソーンはジレンマに直面する:最高のアスリート、マイケル・ジョーダンを選ぶべきか、それとも、当時の常識に従って、残った中から最高のビッグマンを選ぶべきか?

ソーンは長年、ブルズのオーナー陣を含む皆に、ビッグマンのフィロソフィを説いてきた。しかし今、このドラフトの展望を検分したとき、彼はもう大きさが最善の方策であるとは信じなかった−−オラジュワンをドラフトできないのなら。ソーンは獲得可能であろう4人のビッグマンを慎重に検討した:ケンタッキー大学のサム・ブーイはビル・ウォルトン型の素晴らしいパッシングセンターだが、すでに足を壊している。ノースカロライナ大学の堅実だが地味なスターフォワード、サム・パーキンス。チャールズ・バークリーがビッグなのは胴回りだけ(6フィート5インチ、260ポンド)だ。そして、メル“ディナー・ベル”ターピンは、ケンタッキー大学の才能豊かな6フィート11インチだが、ニックネームが示すように体重の問題を抱えている。

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2007年11月25日

【13】 vsセルティックス

95−96 (boxscore) 6勝7敗

1124.jpg

た・・・・・・・・・
ピアースのシュートが外れ、リバウンドを確保。ファウルされて残り4秒。きゃ〜〜〜〜〜!!あっちに有利な不審判定が続いたけど、それでも勝てるーーーーーー!!!と思った瞬間、インバウンズパスをエディ・ハウスにスティールされ、レイ・アレンのブザービータースリーが・・・・・・・・入ると思ったよ・・・・・・・レイ・アレンなんて嫌いだぁ。
なんちゅう終わり方しよんねん。ありえねー。がく〜(落胆した顔)
生中継なんか見るんじゃなかった。もうやだ〜(悲しい顔)

立ち直れないので、また後ほど。

てゆーか、アレンのスリーは1−6という衝撃の事実。はぁぁ。
あと、ジェラルド・ウォレスは欠場だったんですね。それでももう一歩で勝てそうだったんだから、よくやったと言えるのだろうけど。
こんな間抜けな負け方、そうそうないよ〜。

ちょうど10年前、ホームにブルズを迎えて2点リードで残り20秒を切ってマイボール、という絶対有利な状況でバックコートパスをしたクリッパーズと同じか、もっと間抜けだなぁ。(「間抜け」はあくまで愛情表現です)

そして、マイケルが突っ込んでファウルをもらうも1本目ミス。(<「きゅっ」となった表情が愛おしかった。(^^;)
クリッパーズのアシスタントコーチがガッツポーズ。
フィル・ジャクソンを振り返るマイケル。
「2本目を外せと指示されたけど入れるつもりだった」のに2本目も失敗、自分でリバウンドを拾ってレイアップで同点、延長の5分間はあっけないほどマイケルの独壇場だったのでした。

と、昔語りで気分転換なんかしてみる。
用事を済ませて11時25分ごろネットを始めたら、何と!残り3分台に94−93でリードしていて(ごめん、完全に負けると思ってた)、大慌てでnba.comのリーグパス・ブロードバンドにつないだのですが。
ハラハラの展開も最後の最後までセルティックスに1点も取らせないディフェンスで頑張ったのにねぇ。

さらに追加:ライアン・ホリンズも昨日のマジック戦で左肩を痛め欠場。とりあえず2人ともMRIの結果はネガティブだそうですが。
ま、今季初の満員御礼はセルティックスのおかげですからね…。喜んでいる観客がけっこう多かったもん。

2007年11月24日

【12】 @オーランド

1123.jpg92−105 (boxscore) 6勝6敗

イースト2強の一角(ピストンズも入れて3強かな)が相手のアウェイゲームだし、どんな惨敗かと思ったら、そうでもなかった。や〜、ドワイト・ハワード1人にやられちゃいましたね。34得点(FG 11-14!)&17リバウンド。すごいわ。オカフォーも18リバウンドなんだけど、いかんせん得点能力に差があるからなぁ。
それと、ウォレスが第1Q終わりに calf strain で退場!Σ(゚д゚lll)ガーン。

エルマンが32分プレーした(16得点&6リバウンド)のは、今後のローテーションのために良かった。地元紙が指摘するまでもなく、主力4人に依存しているのは明白だもん〜。だから、バック・トゥ・バックの2試合目にめちゃ弱い。でも、2試合目に備えて1試合目はスターターの出場時間を加減するコーチもいる中で、ヴィンセントコーチは「最初のゲームに全力で臨み、2試合目については考えない」タイプだそう。
・・・明日はセルティックスだから考えても無駄かもしれない。(^^;


2007年11月23日

勤労感謝の日に

私のカレンダーを見てくださいな。

usoko.png うそこカレンダーメーカー

占いとか(霊とかオーラとか前世とか)全然信じないけど、これはけっこう当たってそう。
何しろ、本名でやると「休」だの「遊」だのばかりだしさ〜。はは…。
posted by まき at 19:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑記 | 更新情報をチェックする

2007年11月22日

【11】 vsウィザーズ

1121-1.jpg111−114 OT (boxscore) 6勝5敗

あ〜あ、アリーナスがいないのに。
今日はJ-Richとキャロルが不調の日だったんだなぁ。
オカフォー:20得点(FG 9-13)&14R&3B
フェルトン:27得点(FG 6-16, FT 13-16)&12A

1121-wallace.jpgまあ、第2Qにわき腹から倒れて退場したウォレスが無事に戻れたのは良かったけど…肋骨打撲だそうで、今後に影響がないことを祈ります。(それでも25得点)

最後、3点を追うウォレスのスリーはエアボール。ところが、残り2秒でウィザーズのスティーブンソンがFTを2本とも外してくれ、ラストチャンスが転がり込むもキャロルのスリーはバックボードの側面をヒット、とか・・・いつもはけっこう真面目にリキャップ読むんだけど、ウィズに負けたら読む気しない〜。
次が@オーランド(金曜)、セルティックス(土曜)の移動連戦なので、7勝4敗にしておきたかった。(^^;

そういえば、今日もフリースロー成功率は70%切ってるけど、ブレイザーズ戦のキャスター(あちらのTV局)が、「ボブキャッツのFT成功率は下から2番目」だと言っていました。こういう接戦だとフリースローが本当に惜しいですよね…。

イリノイ大学は3位決定戦で勝ちましたが、MJは会場に来ていなかったらしいです。

2007年11月21日

TIP-OFF (31)

シーズンが始まるとやっぱり読むヒマがありません。そして、そろそろ親の年賀状も手伝ってあげないとならないし。(^^;
あ、そうだ、イリノイ大学はデュークに66対79で負けました…。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第10章:Liking Mike - 2


ジェリー・ウエストがどれだけあっさり自分をこけにしたか、柔らかなウェストバージニア訛りでソーンは語る。彼が口にする「ジェエ・リィィ・ウエスト」は、三音節の神の名のように聞こえた。エホバのような唯一絶対神。ソーンは、この至高のバスケットボール選手について語るだけで、今でも信じられないように口をあんぐり開けるだろう。彼の笑い声にさえ、心に響くものがあった。のろまなシカゴ・ブルズのゼネラルマネージャーとして7シーズン、呆然とするような挫折に何度も直面しながら、ソーンが比較的思慮分別を保てたのは、自分の限界を受け入れるこの能力があったからだ。

1983−84シーズン、ブルズは再び多くの試合に負け、平均7000人以下のファンしか入らないアリーナには閑古鳥が鳴いていた。彼らには大したプロフィールがなかった。低調で、安っぽく、活気のないチームだった。そして、ソーンは、自分が行った今までの高順位のドラフト指名が何も問題を軽減していないことに気づき過ぎていた。

それらの失敗も、ある程度は理解できるものだ。当時のドラフトは今よりもずっと賭けの要素が強かった。スカウトの人数は少なく、大学の試合のビデオもほとんど手に入らない。フィラデルフィアのパット・ウィリアムスGMは、大学生を2〜3年NBAでプレーさせ、関係者全員が彼らの本当の能力を理解したあとで、ドラフトを開くべきだという持論を唱えていた。「そうすれば1人のGMもクビにならないだろう」と、ウィリアムスは言った。そのような条件なしに、ソーンの指名は凡庸から悲惨にまで及び、さらに、彼の運も悪かった。マジック・ジョンソンが1位指名された1979年のコインフリップで、ブルズはレイカーズに敗れている。その日、ソーンはシカゴの注目を一身に浴び、大きな希望を胸にニューヨークへ旅し、NBAコミッショナーのオフィスで「裏」をコールした。伝統的に、楽観主義者は「表」をコールする。しかし、ソーンは生来、逆張り投資家だった。それまでの人生は、裏を選ぶことで幸運を得てきた。もちろん、今回は手ひどく裏切られたが。マジックがシカゴへ行っていたら、リーグの歴史はすべて書き換えられ、素晴らしいライバル関係も書き直されていただろう。結局、レイカーズは80年代に5度の優勝を飾り、ブルズはデイビッド・グリーンウッドという大きな失望の憂き目に遭った。

彼に何ができたろう?何も。不運なだけだ、とソーンは考えた。だが、サンフランシスコ大学のシューティングガード、クィンティン・デイリーを指名した1982年のドラフトには、自分でも本当にうんざりし、かなりの自責を感じた。デイリーは極めて有能なガードで、バスケットボールの能力的には全体7位が当然の選手だ。彼の次に選ばれたのは、堅実なフォワードのクラーク・ケロッグである。しかし、ソーンは、デイリーを危険な選択にさせた数多くの赤信号やコート外での問題を無視した。ブルズがドラフトで指名するまでに、デイリーはサンフランシスコ大学のキャンパスにある寮の部屋で看護学生を暴行して告訴された。結局、女性とは示談による和解を交渉したが、このルーキーがシカゴで受け入れてもらうつもりなら、若干でも公の改悛が求められた。その代わりに、デイリーは、反抗的な態度というより、無関心さを表わした。謝罪や反省の誠実なメッセージなら役に立ったかもしれない。それは用意されていなかった。ドラフト当日、シカゴのスポーツ記者たちが、自分のいくつかの行動を後悔しているかどうか質問したとき、デイリーは答えた。「いや。俺はただ、すべての出来事を過去のものにして、ブルズのためにプレーし、長く成功したキャリアを送ることに集中するつもりだ」

その年の秋、デイリーがブルズの一員として初めての試合に出場する頃、シカゴ・スタジアムの外で女性団体がピケを張り、すでにドラフトを後悔していたソーンは、自分のオフィスで頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。デイリーは、長いけれども大方は無意味なキャリアで、ドラッグに手を染め、体重の問題を抱え続け、その度にソーンはひどくバツの悪い思いを味わった。「そういう悪評の一部しか知らないでいられたら・・・」と、誰に言うともなく、彼はつぶやく。デイリーの指名だけでなく、他にもまずい選択を続ける過程で、ソーンは、1979年にシドニー・モンクリーフを、1980年にキキ・バンダウェイを、1981年にはトム・チェンバースとローランド・ブラックマンを、そして1983年にはクライド・ドレクスラーを指名し損ねた。彼のロスターは、優勝候補とまではいかなくとも、もっと強力だったかもしれない。
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2007年11月20日

MJ@ラハイナ

マウイ・インビテーショナル1回戦イリノイ大学vsアリゾナ州立大は77対54でイリノイ勝利。
ジェフは11分プレーして1得点&1アシスト。
というか、ウォークオンの1年生が最初からプレーさせてもらえるなんて思わなかった。

1119Maui-tribune2.jpg 1119-Maui2.jpg  1119Maui-tribune.jpg
(サムネイルが相変わらずも〜# 今でもちゃんとジョージ・コーラー氏が隣にいますね)

日曜日はジェフの19歳の誕生日で、マイケルは翌日の試合をバスケット裏で観戦したそうです。ブルース・ウェバーHC:「ジェフの誕生日を祝うために彼がホテルへやって来て、ちょっとした騒ぎだったんだけど、うちにも何人か興奮した選手がいるよ。彼らはまるでクスクス笑う年頃の女の子みたいだった」

20日夜にある2回戦の相手はデューク大学だそう。
わ〜。負けたらお父さんは悔しさ倍増だ。(笑)
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【10】 vsブレイザーズ

○101−92 (boxscore) 6勝4敗

1119-2.jpg

ブレイザーズはロード未勝利。
ボブキャッツは主力4人(“ビッグ4”とか言うほど図々しくない)が好調。

ウォレス27得点(FG 10-19)&6スティール&4リバウンド
フェルトン24得点(FG 7-12, FT 9-10)&10アシスト
リチャードソン24得点(FG 11-21)&4リバウンド&3アシスト
オカフォー12得点(FG 5-10)&12リバウンド&3ブロック

日程に助けられたとは言え、早くも11月の最多勝(過去は5勝11敗が最高の成績)を更新しました。しかし、オデンも休みのせいか、観客は1万612人…。
次はいつの間にか4勝5敗のウィザーズです…もっと早く当たりたかったぁ。(^^;
あ、そういえば、今さらですが、ロン・ハーパーはピストンズをやめちゃったんですね。

あと、これは大きな声で言ったらマズイのかな?まだNBA LEAGUE PASS Broadbandを見ることができるンスけど〜。先日のソニックス戦はリストになかったものの、今日の試合は見せていただきます。
こういうエラーなら大歓迎。(笑)

2007年11月19日

Still the man?

MJの離婚条件合意のニュースを聞いたチャールズ・バークリーがラジオのトークショーで:「彼に借金を頼むつもりだったけど、今は控えておくよ」
そして、だから婚前契約が必要だ、自分は妻と婚前契約を結んでいないが、「金持ちか、これから金持ちになりそうな者は皆、婚前契約をしておくべきだね。署名を嫌がるような相手とは結婚しない方がいい」 「ファニータが再婚する時は、きっとそう(婚前契約)するぜ(笑)」

もう1つ別のコラムも、「夫のために自分のキャリアを諦めた妻の立場は尊重するし、今後の生活に十分な金額を受け取るのは当然」としながら、「1億6800万ドルが公平な金額とは思わない。マイケル・ジョーダンに富をなさせた才能や名声は妻の内助と関係ない。だから、男女とも(ジェニファー・ロペスやブリトニー・スピアーズの元夫の例もあるので)婚前契約書を交わしておく必要があると思う」

でも、マイケルはちゃんと婚前契約していたんだよね…(^^;
ま、それはともかく、シカゴ・トリビューンのリック・モリシーのコラムは別の視点から――この人、前に少し意地の悪いことを書いていたから、警戒しつつ読みました。(笑)

MJ's staying power simply astonishing
Jordan still a money machine, as divorce settlement shows
November 14, 2007

ロンドンのサンデータイムズの最近の報道によると、マイケル・ジョーダンは離婚条件の一部として元妻のファニータに1億6800万ドル以上を支払うことに同意した。それが本当なら大金である。それが本当でなくても大金である。

しかし、ここで語るのは、ジョーダンの驚くべきリーチと持久力についてだ。考えてもみたまえ:差し迫った離婚条件のニュースは、シカゴやニューヨークやシャーロットから発生したのではない。それは、決してバスケットボールで有名な都市ではないロンドンから発せられた。

その男が4年以上バスケットボールを手にしていないことは、どうやら関係ないらしい。より重要なファクターは、広告契約がそのままだということだ。もちろん、ジョーダンの優れたバスケットボール・キャリアは、彼をマーケティングの栄誉の殿堂へ導くだろう(そういうものがあるのなら)。しかし、彼はそれ以上の存在である。彼はブランドで、彫像で、アイコンで、ダンクをしている男のシルエットだ。

そして、そのシルエットのハングタイムは驚くべきものである。ジョーダンは決して、消えたり流行遅れになったりしない。世界各国の子供たちは、バスケットボールについてあまり知らないかもしれない。しかし、マイケル・ジョーダンのことは知っている。彼のシューズを履き、彼のアパレルを着る。レイアップのやり方さえろくに知らなくても、マイクのようになりたいと思っている。

我々は、ジョーダンが異なる成層圏に住むことを知っている。新聞によれば、ニール・ダイアモンドの1億5600万ドルを超えて、今回のケースが有名人の離婚で史上最高額となった。マイケルがあらゆることで最高が好きなのは知っているが、少し極端すぎないか?

ジョーダンがシャーロット・ボブキャッツの共同オーナーである事実は、彼のブランド名の影で簡単に消えてしまう。街頭で通行人を呼びとめ、最近のジョーダンが何をしているか質問したら、ほとんどの人は、A:ゴルフ、B:ギャンブル、C:何かのセールス、D:何もしていない、と答えるだろう。

彼はまだ安全で、魅力的で、防弾されている。それが、ナイキ、マクドナルド、ヘインズ、ゲータレードのような企業が長年にわたってジョーダンのささいな過ちを無視してきた理由だ。それが、今でもナイキが毎年2000万ドル支払う理由だ。

最近フォーブスは、エルビス・プレスリーの財産が過去12ヵ月で4900万ドル生み出されたと報告した。それがジョーダンの向かう−−スパンコールのジャンプスーツと肥満してドラッグに溺れる生活ではなく、稼いで稼いで稼ぎ続ける名声の遺産が−−ところだ。

彼が消えて行く時を想像するのは難しい。それが起こるには、NBAの完全な破綻か巨大隕石の地球衝突が必要だ。ああ、しかし、あなたは過去を思い出せと言うかもしれない。ウィルト・チェンバレンはジョーダンに匹敵する才能の持ち主ではなかったか? ビル・ラッセルはジョーダンに勝るとも劣らない勝利者ではなかったか? それでも、彼らの名声は昔ほど大きくない。

そして、あなたは尋ねる:なぜ、ジョーダンは異なるのか? なぜ、彼は年をとっても影に退かない? すべてのスターがそうなったように。

理由はここにある:ジョーダンの才能と業績とマーケティングを兼ね備えた者は他に一人もいない。だから、彼の人気が大きく衰えるところは想像しがたい。

どのようにジョーダンがここへ達したか、そして、どのように彼が行く先へ達するだろうかということは、まったく秘密ではない。現在のスターの一部と比べ、彼はセレブへの地位を段階的に登り詰めた。ブルズが勝ち続けたとき、彼の人気は爆発的に高まった。

ちなみに、レブロン・ジェームズはまだNBAで1試合もプレーしないうちに莫大な広告契約を結んでいる。つまり、彼がまだ1度も優勝していない事実は重要ではないわけだ。NBAとアメリカ産業界は彼を売っている。

それは、ジェームズに中身がないということではない。それは、彼の業績が不足だということだ。それは本人の責任ではない。彼はマイケルの再臨と宣伝されてきた。マディソン・アベニュー(広告業界)は、そこにない空席を満たそうとしている。

問題はここにある:ジョーダンは引退したが、決してどこにも行かなかった。ゴールド・スタンダードは1つしかない。

Still the man? 「MJが今でもアイコンでいることをどう思う?」投票
素晴らしい 50.6%
どうとも言えない 11.4%
もう消えてほしい 6.4% (※シカゴなのにけっこういる)
ジョーダン様、アホな質問を許してやって下さい 31.6%

posted by まき at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | MJ | 更新情報をチェックする

2007年11月18日

【9】 vsソニックス

○100−84 (boxscore) 5勝4敗

1117.jpg

いくら若くても2OT戦って移動しての連戦じゃ実力発揮できないよね。
(ホークスもミルウォーキーで負けてるし)
ボブキャッツはスケジュールに感謝?(^^;
とにかく、走って相手を疲れさせろ、というゲームプランだったらしい。
ウォレスが27得点&7R。
リチャードソンが23得点&6R。
オカフォーとフェルトンがダブルダブル。

ヴィンセントHCは今のビッグマンとポイントガード陣に不安があり、今日復帰したオセラ・ハリントンの様子などを見て、経営陣に新たな選手の獲得を要求するかどうか決めるそう。
とは言え、もう15人のロスターは埋まっているので、誰かカットせざるを得ない…。
う〜ん、もう全員「ウチの子」気分なのになぁ。

2007年11月17日

マーカス祭り

シカゴ・サンタイムズとシカゴ・トリビューンの高校男子ランキング、どちらも第一週はホイットニー・ヤングが1位でした。(ま、ランキングなんてどんどん変わりますけど…てか、ESPNの今週のNBAランキングは、ボブキャッツが29位でブルズが30位…なんだそりゃ。ちなみに、カレッジの全米ランキングはノースカロライナがトップでイリノイは25位までのランク圏外)

MJ puts Young over the top

young20.jpg

(主力の8人。前列左から: Julian Kenner, A.J. Rompza, Amad Starks, Marcus Jordan. 後列左から:Anthony Johnson, Chris Colvin, Stanford Brown, Bryan Hall.)

マーカス・ジョーダンは自分のおかげでヤングがトップになったと思っていない。「うちはみんな超優秀だから、僕がいなくても1位だよ」。確かに、ドルフィンズには優秀な選手が揃っている。しかし、ジョーダンの加入がランキング1位の決め手だった。

6フィート3インチでがっちりしたジョーダンは、州内の3年生で最高のプレイヤーかもしれない。素晴らしいアスリートで、優秀なパッサーだ。今のところ、ジャンプショットが最大の弱点だが、若いプレイヤーにはありがちだ。
あきれたことに、マイケル・ジョーダンの息子は全国的には正当な評価を受けていない。イリノイ州で最も権威があるアナリスト、Illinois Prep Bulls-Eye と City/Suburban Hoops Report は、共にジョーダンを3学年でトップ1かトップ2にランクしている。 しかし、Scout.com も Rivals.com も全米トップ100にリスト入りさせていない。

「ランキングとか、見たこともないんだ」と、ジョーダンは言った。「自分の順位もチームの順位も、僕にとってはどうでもいい」
今シーズン、ジョーダンには自分を証明する機会がたくさんあるだろう。ヤングの開幕戦は、注目を集める全米イベント、Marshall County HoopFestのスコット・カウンティ戦だ。
「初めてのパブリック・リーグの試合で、少し神経質になるかも。カトリック・リーグよりテンポが速いことは知っているし。でも、楽しみです」

ジョーダンの進学先はワイドオープンだ。今はまだ候補のリストもない。ただ、兄の体験が自分に影響を及ぼすかもしれないと言った。「きっと影響されるんじゃないかな。彼が大学で素晴らしい時間を過ごしていることは知ってるし、また一緒にプレーする機会が欲しいです」

ホイットニー・ヤング・ドルフィンズのリーダーは、4年生のA.J. Rompza (セントラル・フロリダへ進学予定)。5フィート9インチのきゃしゃな体格だが、意志が強く、決然としたプレーで尊敬されてきた。ティローン・スローター コーチが率いるチームで経験豊かな選手は彼だけだが、大勢のタレントが集まっている。
バックコートにはスーパー2年生のアンソニー・ジョンソン、高い評価の3年生クリス・コルヴィン、ノーザン・イリノイにリクルートされたブライアン・ホール、2年生のアーマド・スタークス、4年生のジュリアン・ケナーが名を連ね、もう1人高評価の2年生グレッグ・タッカーも名を上げようとしている。

主な疑問符はサイズだ。実績のあるリバウンダーはジョーダンだけだが、スタンフォード・ブラウン(6フィート7インチの3年生)は、能力を示し始めた。ジェイク・ヘイガー(ミシガンからの転校生で6フィート7インチ)もポストの助けになるかもしれない。


マーカス祭り会場入り口
posted by まき at 19:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ファミリー | 更新情報をチェックする

Hoops & Hope Dinner

hoops_hope_1105.jpgジャレッド・ダドリー、マット・キャロル、ウォルター・エルマン、ジェフ・マキニス、プリモズ・ブレゼッチ、ライアン・ホリンズ、エメカ・オカフォーが参加して、ホームレスの子供たちと家族を招き、早めの感謝祭ディナーでおもてなし。(bobcats.com

   Hoops-Hope-Dinner.jpg

明日はマイアミとアトランタで連勝したソニックスを迎えます。ダミエン・ウィルキンスが41得点(FG 15-20)&9R! 最後はデュラントの3Pブザービーターで2OTの試合を制したようですね。
うひ〜。

2007年11月16日

TODAY SHOW (3)

オールスターのファン投票が始まりました。(ALL STAR 2008 VOTE
ボブキャッツもエメカ・オカフォーがセンターで、ジェラルド・ウォレスがフォワードで、レイモンド・フェルトンとジェイソン・リチャードソンがガードでリストに載っています。しかし、何度やってもコードが表示されなくて投票できんぞ。(-_-")

さて、時差が1週間になってしまったインタビューの訳、基本はMSNBCの記事ですが、説明的な部分まで訳してもしょうがないと思うので、ざっくりと・・・てゆーか、意訳と言うか〜ちょっと想像入ってるかも。(^^;
読んで訳すのに時間がかかるから、話題が古くなっちゃってしょーがないなー。今は『168ミリオンの男』(昔、『600万ドルの男』というドラマがあったんですよ)に関するコラムとか読んでいますが、また時差ボケになりそうだ…。

Michael Jordan to son: Don't be like Mike
NBA legend advises son, an Illinois walk-on, to blaze his own trail
By Mike Celizic
TODAYShow.com contributor
Nov. 8, 2007

マイケル・ジョーダンは自分の長男が「マイクのように」なることを望んでいない。彼は息子に自分らしくあることを求めている。ファンやメディアの期待がどうあろうと。

「彼には自分の道を歩んでほしい」と、めったにないインタビューでジョーダンはマット・ラウアに語った。「どんな道を選ぼうと、自分の人生を楽しんでほしいと思う。バスケットボールをするのでも、医者でも、弁護士でも、どういう道を選んでも、私は全身全霊でサポートする」

ビッグテンの大学で自分を証明するという挑戦を選んだ息子の決断については、「私もそうしただろう」と。「小さな学校で奨学金をもらってスター扱いされるより、大きな池の小さな魚になるという息子の選択が好きだ」

ジェフ・ジョーダンは父親のスリムな体型を受け継いでいるが、身長は5インチ低い。複数の大学から勧誘された父親と違い、バスケットボールの奨学金ではなく学業の奨学金でイリノイ大学に入った。自分は父親や弟のマーカスより内気だと認めるが、秀でたいという意欲は同じだと言う。

ジョーダンは、息子にかかる世間の期待を知っていると言った。しかし、息子には自分自身の期待を満たすことが重要だと教えた。
「彼は自分なりのバスケットボール・プレイヤーになりたいと思っている。私にとって素晴らしいことだ。私たちがジェフに教えようとしたのは、自分で自分の期待値をセットしろということ。他人が期待する人物像に沿って生きることはできない。自分が幸せなら、それが1番大切だ。あらゆる人を幸せにしようとしているわけではないのだから」

その他人の中には自分も入る、と彼は言い、息子たちには自分でバスケットボールの楽しさを理解させたし、プレーするように強制したことは1度もない、と語った。自分が関わるのは彼らにアドバイスを求められたときだけだったと。

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posted by まき at 20:37| Comment(8) | TrackBack(0) | ファミリー | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

【8】 @アトランタ

109−117 (boxscore) 4勝4敗

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スイマセン、負けたのは罰当たりな私のせいかも〜。
それにしてもホークスに弱いなぁ。
プレシーズンでは連敗したし、サンズに勝った今年のホークスは強いの?と思ったら、結局いつも通り2勝4敗のチームでしかないのに。
ボブキャッツにとって、アスレティックなフォワードが過剰なホークスが相性悪いんでしょうか。ウチのオフェンスは悪くないけど、シュートを6割も決められちゃ勝てませんよね…。
オカフォーがホーフォード相手にファウルトラブルに陥り、ブレゼッチではスピードに対抗できず、みたいなことも書いてある。
ホークスのジョシュ・スミスによると、「シャーロットのような第4Qに頑張るチームを相手にする場合、立ち上がりを急襲して先手を取らないと」。一方、ジェイソン・リチャードソンによると、「移動しての連戦だったから、出だしで動きが鈍いところを突かれてしまった」で、第1Qが22対37。
ただし、「連戦は言い訳にならない。強いチームなら勝ってるよ」:ジェフ・マキニス


シカゴやワシントンやマイアミがあんな惨状だから、ボブキャッツは今のところ5位・・・ホームゲームが多かったし、まったく参考になりませんが。
プレイオフ争いという意味では、ニックスのゴタゴタが嬉しかったりして。(^^;

2007年11月14日

【7】 vsヒート

せっかくスカパーで放送があるのに心配で結果を見てしまいました。(^^;
10年前の死闘を思わせるロースコアでニックス戦を制したばかりのヒートだし、衰えを指摘されまくりだったシャックもそこそこ復調してきたようだったから、リベンジが不安で。

1113.jpg

○91−76 (boxscore) 4勝3敗

何か、見る楽しみが減るような大勝。(ああ、罰当たり!)
オフェンスを喚起する手立てを問われたパット・ライリー:「私の現役復帰だ」
「彼らの何人かより良いプレーができることは請け合う。神にかけて」

オブザーバーに、MJがよくシャーロットにいるようになったという記事が。
先週の火曜日にデレク・ジーターを招待(やっぱり)。金曜の夜にはペイサーズ戦勝利を祝って、「サンセットクラブで踊っているところが目撃され」(そのクラブにはMJの葉巻を保管するための給湿容器(乾燥を防ぐ)があり、常連客であることが判明)、日曜日のロケッツ戦もスイートから観戦していたとのこと。

この頃よく踊ってますね。(^^)

185億円続報(?)

アメリカでもだんだん後追い記事が出てきてまして、つまり The Sunday Times のスクープだったのかしらん。どっちにしろ、結論は「1億6800万ドルで有名人高額“慰謝料”の記録更新!」ということだけなんですね。しょーもな。

タイムズの記事でよく分からなかったところ:ファニータさんからの最初の要求額に「驚いて拒否」したものの、結局は4000万ドル増で合意って。やっぱりこれが分からん。交渉で歩み寄って減額になるのが普通では?
あと、離婚に関する婚前契約書で、ファニータさんは資産の三分の一しか求めなかったのに、マイケルが半分渡すということで署名したようなんデス。男らしいけど、ぬかったねぇ。(^^;

――ジョーダンに近い法律関係者によると、その金額にはそれだけの価値がある、とのこと。彼は先へ進む心構えができており、そのためには何でもするつもりだから――

どうせ離婚しちゃったんだから、財産分与を巡って泥沼の法廷闘争なんて考えられないでしょうし。でも、46億円増額でも決着をつけたかったなんて、再婚でも考えているのかな。
いや〜ン、もう少し独身のままでいてときめかせてほしぃ〜♪ (アホ)

posted by まき at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ファミリー | 更新情報をチェックする
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