2008年04月26日

アイザイア・トーマス

デトロイトの地元紙にアイザイア・トーマスの94年のインタビューが再掲されていまして…ピストンズ50周年だからですかね?(Sportivaでドリームチームの記事を読んで放置していたのを思い出した)

Detroit Free Press

まず、ブルズがとうとうピストンズに勝てたのは、MJが“戦略的に”ジョー・デュマースと親しくなり、ピストンズの内情を知ったため、心理的な威嚇が効かなくなったせいだと言ってます。(以下意訳)

「ジョー・デュマースとの友情はジョーダンの戦略だったと?」
「そう思う」
「で、それがシカゴの勝因だと言うのかい?」
「バードとマジックは友人ではなかった。レイカーズとセルティックスも。敵に自分を教えることはできないんだ」
「ジョーダンと親しくならないようにジョーに言った?」
「言うには言ったが、ジョーは立派な大人だからね。友人くらい自分で作るさ。それを負けた理由にはしたくない。しかし、突然、俺たちはもう大きな悪い熊ではなくなった。そして、大きな悪い熊でなくなれば、敵は俺たちを恐れなくなる」
「だけど、ジョーダンはピストンズの全員と親しかったわけじゃない」
「自分をガードしている相手と親しくなれば十分さ」
「ジョーがジョーダンに手加減したとは思えないが」
「手加減はしていない。それでも、ジョーダンがバスケットへドライブして、レインビアに一撃されたあとの姿勢が以前と違う。本当のレインビアはそれほどタフな男ではないと知ったからだ」

それから、ブルズにスイープされたあと握手もせずに退場したことは後悔していると。

「やり直せるものならやり直したい。あんな大騒ぎになると知っていたら。それから、スポーツマンシップの面からも。俺たちに負けたときのジョーダンの態度は、自分よりもずっと立派だった・・・俺はいつもそうなんだ・・・敗北を受け入れられない」

オールスターでのフリーズアウトの噂は、「若僧だった自分が、ラリー・バードやジュリアス・アーヴィングやモーゼス・マローンやマイケル・レイ・リチャードソンに、『おい、ジョーダンにボールを渡さないようにしようぜ』なんて言えたと思うかい?」

そして、ドリームチームについては、「自分が選ばれるべきだったと思う。選ばれなかった理由は知らない。チャック・デイリーとも話をしたが、彼も知らないと言っていた。しかし、次のシーズンに対戦した相手はみんな、『お前は選ばれるべきだった。お前が選ばれなくて残念だ』と言ってくれたよ。俺のチーム入りを邪魔したと言われているジョーダンでさえね」
「それは本当だと思う?」
「さあ。本人は違うと言った。俺は額面どおりに受け取るしかない」

あと、試合前にキスを交わすほど親しかったマジック・ジョンソンと疎遠になったのは、ピストンズとレイカーズがファイナルで対戦したことが原因で、「例えば、7戦やって俺たちが負けたシリーズを覚えているか? シルバードームでのゲーム4を。俺はレーンをドライブし、彼に殴り倒された。けつにあざができたよ。そのとき、俺の気持ちは一線を越えた。彼は、『もうお前と友人ではいられない。レイカーズは勝たねばならないんだ』と言い放った」
「その翌日に長男が生まれたが、彼は息子の顔も見に来てくれなかった。驚いたよ。その年の夏、LAへ出かけたとき、いつもなら彼の家に泊まるところだが、『ホテルに泊まれ』と言われたのさ。彼は次のシーズンも俺たちとファイナルで戦うことになるだろうと知っていたからだ」

などなどなど。

マジックは93年のファイナルでも「ジョーダンとバークリーは仲良くしすぎ」と批判していましたもんね。でも、私は「友情は友情、競争は競争」のマイケルの方が好き。


今年優勝できなかったら大学に残る、という前言どおり、タイラー・ハンズブローがノースカロライナ大学残留を表明。
ドラフトでの評価はそれほど高くないものの、大学での個人賞はほぼ総なめにして、UNCをチーム史上最多勝(36勝3敗)に導き、8人目の永久欠番になることも決まっているのに、真面目な子だなぁ。
AP通信が選ぶナショナル・プレイヤー・オブ・ジ・イヤーが大学に残るのは、91年のシャック以来だそーデス。・・・タイ・ローソンとウェイン・エリントンも残って一緒に優勝を目指せよ〜。

そして、どこでもいいからスパーズの連覇を止めて。


posted by まき at 20:49| Comment(4) | TrackBack(1) | NBA | 更新情報をチェックする
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