2008年09月30日

メディアデー

記事が多くなると英文解読に時間がかかって追いつけない…。(T_T)
とりあえず、現地29日にメディアデーの記者会見があり、ラリー・ブラウンHCは、フロントの仕事に満足していないという意思を極めて率直に表明なされたと。(^^;

「誰が3人目のPGになるのか懸念している。ディフェンスができるSFがいるかどうか懸念している。ショーン(メイ)の用意ができていない場合、プレーができるPFを見つけ出せるかどうか懸念している。これらは初日から取り組まねばならない問題だ」
「スモールフォワードは大勢いるが、ディフェンスができるのは誰か。ビッグガードも大勢いて、全員をプレーさせるのは難しい状況にある」

Yahoo! Sports (AP)

まあ、SGとSFが過剰なのは確かだし、やっぱりトレードがあるのかな〜。
でもって、ボーネルさんのブログも同じ内容でした。

・ラリー・ブラウンは今の仕事を引き受けたときに3つのことをフロントに要求したという――ドリブルでプレスを突破してボールを運べるポイントガードを3人、ディフェンスができるスモールフォワードを2人、できるだけ運動能力の高いビッグマンを5人。
今、UNCウィルミントンへ向かうグループに3人目のPGや自分が望むディフェンシブなSFがいるかどうか、確信がないとブラウンは言った。彼はもう一人のビッグマンを獲得できなかったことに失望しているようで、ショーン・メイが先発PFの第一候補であることを示唆した。

・また、レイモンド・フェルトンとルーキーのD.J.オーガスティンが一緒にバックコートでプレーする場面もあるだろうと言う。どちらもボールを運ぶ役割に使えるが、前任者たちと同様に、ブラウンもフェルトンをコンボガードとして見ている。

・理想的には、3人目のPGはサイズのある選手が好ましいだろう。ブラウンがフィラデルフィア時代にアーロン・マッキーやエリック・スノウを使ったように。
エメカ・オカフォーはもっぱらセンターで、ジェラルド・ウォレスはスモールフォワードでプレーさせたいと望んでいる。

・9月のピックアップゲームに基づいて、アレクシー・アジンザをレギュラーシーズンで使うのは嫌ではないと言った。
アダム・モリソンはひどいコンディションで夏を始めたが、この1ヶ月で劇的に改善したとブラウンは言う。「ずっと、ずっと良い状態だ」「くずかごへ(嘔吐しに)行かずに3つのことができなかった。今は他のメンバーを同じくらい準備ができている」

Charlotte Observer

記者会見の動画:Bobcats.com

2008年09月29日

キャンプ・ラリー

アンドレ・ブラウン(元シアトル&メンフィス)、ドネル・テイラー(元ワシントン)、マーカス・ウィリアムス(元LAクリッパーズ)と契約し、トレーニングキャンプのロスター17名が決定。

ストレングス&コンディショニングコーチのラサール・トンプソンがアシスタントコーチになり、後任はシカゴ・ブルズのアシスタント・ストレングス&コンディショニングコーチだったMichael Irr。

デル・カリーがDirector of Player Developmentに復職。

Bobcats.com

ボブキャッツは金曜日に大幅な人員削減(35名)を発表したが、フランチャイズの財政状況がチーム成績にかかっているため、バスケットボール・オペレーションの削減はなし。
Charlotte Observer

No fun, games at Camp Larry
Bobcats coach pushes players to their limit
By Rick Bonnell

NBAで14シーズン、4つのフランチャイズでプレーしたマイク・ジミンスキーは、26年前のネッツ時代にラリー・ブラウンの下で2年間プレーしているが、ブラウンが指揮するトレーニング・キャンプは「間違いなく、どこよりもハードだった」と証言する。
ジミンスキーは、ブラウンが用いる徹底したコンディショニングへの取り組みは、ブラウンの大学時代の恩師であるディーン・スミス譲りだと言う。プレシーズンのシュートアラウンド(ある意味、試合日の選手を昼前に活動させるための口実)は、心身を疲労させる本格的な練習に変貌した。
シュートアラウンドのたびに足首をテーピングするよう命じられたとき、ジミンスキーは何かが起こることを知ったのだった。「普通、シュートアラウンドで一番重要なのは他チームのプレーの予習だった」
それは、数時間後にエキジビションゲームを控えながら、全力での5対5の練習に切り替わった。
「ゲームスピードで教えるのが最も効果的な方法だ」と、最近ブラウンは語っている。「よそのチームと同じくらい、あるいは上回るくらいハードに取り組めば、それが誇りになる。シーズン終盤や試合終盤に素晴らしい体調でいられたら、自信が高まる」

そのアプローチは、ゆっくり体調を整えることに慣れていたジミンスキーやネッツのチームメイトを驚かせた。レギュラーシーズンが始まったとき、ジミンスキーは自分やチームメイトの脚がすでにヘトヘトなのを感じ、ネッツは最初の15試合で12敗した。
ひどい成績と不平を言うプレイヤーは、ブラウンを少し譲歩させたが、基準はセットされた。
そして、結果があとに続いた。ネッツは前シーズンを20勝上回り、不可能に思われたプレイオフ進出を達成した。
「トレーニングキャンプのショックを越えたら、あとは本当に良い体調だった」と、ジミンスキーは言う。

しかし、コンディショニングだけが成功の要因ではない。ブラウンは鋭い目を持つ教師でもある。
フィラデルフィア時代にブラウンの下でプレーしたナジー・モハメドは、自分からチームメイトに教義を広めていると言う。「みんなに、何もやり過ごすことはできないと教えているんだ。ブロックアウトをしなかったり、走って戻ることをさぼったり、プレーを知らずにいることは許されない」「集中すること。コーチはすべてを見ているから。オフェンスの5人全員とディフェンスの5人全員を。うまく逃れることはできない」

68歳のブラウンは、ここが自分の最後のチームだと言う。しかし、彼のアプローチが丸くなっただろうと考えるメンバーがいたら、困ったことになるだろう。
「10月は丸々トレーニングキャンプになるだろう。ウィルミントンの一週間だけでなく。レギュラーシーズン初日までずっと」と、モハメドは言う。

それは前任者から比べると地を揺るがすような転換だ。サム・ヴィンセントはちょくちょく、練習を短縮したり休みにして、フィルムセッションに変更した。アダム・モリソンやショーン・メイの怪我でチーム層が薄くなったため、試合の合間に選手を休ませることが必要だという理由でだったが。

ブラウンの手法がチームに広まったのは明らかで、ボブキャッツのほぼ全員がレイバー・デーの週末までにシャーロットに戻り、9月いっぱい毎日、自主練習を重ねてきた。
そんなに早く、「チーム全員がここにいるところは想像できなかった」と、ブラウンは言う。「この事実は、彼らがどういう選手かという素晴らしいメッセージだ」

あるいは、たぶん、彼らがブラウンをどう思っているかというメッセージだ:不安と尊敬のミックス。彼らは今、NBA(デトロイト・ピストンズ)とNCAA(カンザス大学)で優勝し、方針に反する行動は即座に処分するという評判の、激しいコーチを持つ。
「僕はオリンピックでコーチを知った。だから、自分がキャンプに備えていなければいけないということを知っていたよ」と、2004年にブラウンの下でプレーしたエメカ・オカフォーは言う。

そして、ブラウンは悪い習慣を容赦なく一掃するためにキャンプを使うだろう。
ブラウンの練習では、コーチ陣が理念を絞り込むために、しばしばスクリメージを中断する。
ドック・リバーズ(現ボストン・セルティックスHC)は、ロサンゼルス・クリッパーズで1シーズン、ブラウンの下でプレーした。16年たった今も、ブラウンがポイントガードたちに、1つのプレーを成功させるために、敵をスクリーンにかけるための正確な角度について20分かけて教えたことを鮮明に思い出す。
その精密さとしつこさはリバースの心に響き、どのような選手も――あるポイントガードを除いて(※スターブリー?(笑))――ブラウンとのキャリアでバスケットボールの教育を受けるだろうと言う。しかし、それは、厳しい要求にへこたれない忍耐と集中力のある選手に限られる――肉体的にも精神的にも。

自分は鬼ではないし、すべてがバスケットボールのためだとブラウンは言う。たとえば、彼は選手たちの体重や体脂肪率を絶えず注意したりしない。コート上のパフォーマンスから見えるものを信頼する。

ジミンスキーは、ブラウンのためにプレーすることが好きではなかったと認めるが、パフォーマンスが向上することは確実だと言う。「彼がこのチームをプレイオフへ連れて行くと――健康なら――100%思っている」
なぜ?
「なぜなら、要するに、彼は天才だ。ピストンズは言いたいことを何でも言えるだろう(ブラウンの気まぐれについて)。しかし、彼が去ったときから、ピストンズは同じチームではなくなった。彼を扱うのは大変だが、彼のチームはディフェンスをし、ハードにプレーし、スマートだ」
オカフォーは同意する。
「このチームにタレントがいることは分かっている。そして今、僕らには偉大なコーチがいる。僕らには人々の期待に達するチャンスがある」


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2008年09月28日

97年10月@パリ

11年前のプレシーズン、マクドナルド選手権のために訪れたパリでの様子。
ボディガードがピリピリですね。



あと、トーク番組に出演したところ。クレリックシャツが似合って超美形♪
テレビ朝日でマクドナルド選手権の決勝戦を見たとき、レギュラーシーズン中よりほっそりしているように感じたんだけど、この映像を見てもやはりそう思う。



★Part 2.   ★Part 3.

★おまけ:ライダーカップのMJ画像  flickr  flickr
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2008年09月27日

TIP-OFF (78)

もう5年くらい、朝はバナナと日本茶なんですが、何か最近、「朝バナナダイエット」のせいで、スーパーにバナナがない!
納豆は嫌いだから平気だったけど、バナナがないと困るので、早く流行がすたれてほしい!
朝バナナを食べるだけで痩せるのなら、誰もメタボで苦労しないでしょ。
はっきり言って効果はありません!と断言できます。(爆)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第17章:A Different Kind of Star - 5


そして、ジョーダンはリーグ周辺で信奉者を勝ち取りつつあった。もう、ジェームズ・ジョーダンやチャールズ・バークリー、ビリー・カニングハム、ディーン・スミスだけではない。ラリー・バードのような偉大な選手たちが、ジョーダンがNBAの未来を体現していると理解した。バードはまだ28歳で、さらに優勝回数を重ねるだろう。しかし、シカゴ・スタジアムの1万8061人のファンの前でセルティックスがブルズを110対106で降したあと(※85年2月5日:マイケルのスタッツは41得点&12リバウンド&7アシスト)、バードはロッカールームに腰を下ろし、自分を取り巻く記者たちに、この次世代の選手を、この純粋なエナジー・フォースを、称賛した。バードが敵をゲームのベスト・プレイヤーと呼ぶのはめずらしいことだった。今回、バードは、自分が引退したあとも長くリーグを背負うであろう若者について雄弁に語った。

ベストだ。彼のような選手は見たことがない。今までに見た誰とも違う。素晴らしい。比類がない・・・まだリーグ入りして間もない段階で、僕がこれまでやってきた以上のことをしている。僕がルーキーの頃は、あんなプレーはできなかった。まったく、今夜のドライブを見たかい。右手で上の方に持っていたボールを下におろし、もう一度上に持っていった。僕はボールを抑え、ファウルまでしたのに、それでもシュートを決められてしまった。しかも、その間ずっと、彼は空中にいたんだ。それがどれほど難しいことか知るためには、このゲームをプレーすべきだ。観客は彼を見て考える、「さて、いったいどんなことができるんだ?」と。最高のことだ。僕は以前、少しだけ彼を見たことがあるが、それほど感銘を受けなかった。と言うか、良い選手だとは思ったが、これほど優れているとは思わなかった。彼にできないことは何もないだろうね。1人の選手があれほどチームを好転させるところは見たことがない。ブルズの全員が、彼のおかげで上達している。オーランド・ウーリッジはこれからずっとオールスターになるかもしれない。そして、近いうちに、このスタジアムは毎試合満員になるだろう。セルティックスが来たときだけでなく。ファンは彼を見るために金を払い、やって来る。このフランチャイズのためにもリーグのためにも良いことだ・・・僕は、リーグ入りして最初の3シーズンは、ボストン・セルティックスのことしか気にかけていなかった。でも、NBAは最も弱いチームを抜きにして成り立たないことを理解してから、以前よりリーグのことを気にかけるようになった。別に、毎朝、新聞でリーグ中の観客数をチェックするわけではないが、この競技はずっと良くなり続けているように思う。去年は僕が経験した6シーズンで最も競争的なシーズンだった・・・今シーズン後半やプレイオフは、これまでで最高のシーズンになるかもしれない。NBAは常に上昇し続けていると思うよ。

バードは宣伝マンになった。ジョーダンはそのことに気づかず、NBAでの日々にすっかり恍惚となっていた。毎晩試合があることを除けば、二晩ごとに競争的な試合があることより楽しいことなどあるだろうか? こんなふうにして、ジョーダンはシカゴのもう一人のスポーツ・ヒーロー、アーニー・バンクスと同じやり方で、自分の競技に伝わりやすい伝染性の熱狂をもたらしたのだった。

楽しみはいつかそのルーキーシーズンを終えなければならない。1985年4月26日、ブルズはバックスと4試合戦った末にプレイオフの1回戦から脱落した。しかし、ジョーダンは第3戦に将来のプレイオフでの華々しい活躍を予感させるプレーを披露している。合計35得点に加え、残り17秒で決勝のベースライン・ジャンパーを沈め、ブルズに109対107の勝利をもたらしたのだ。第4戦の敗退後でさえ、ジョーダンは期待に沸き立っていた。学生寮の部屋をあとにし、バズ・ピーターソンと別れ、3年生でプロへの転向を決めてから1年後、彼は自分の決断が正しかったことを確信した。彼の父親は正しかった。コーチは正しかった。ジョーダンは用意ができていた。「多くの人が予想したよりも少し良い成績が残せて満足だ」と、彼はブルズについて語った。「僕が大学を早く出てきたのも正しいことだったと思う。自分では1度も間違ったことをしていると思わなかったけれど、たぶん、そう思った人もいたと思うんだ」
彼は、母親との約束を守るための学位を取得するために、ノースカロライナへ戻るところだった。「南部へ帰って、ちょっと授業を受けるつもりだ」と、期待に顔をほころばせながら、ジョーダンは説明した。「たぶん、明日にはディーンと話ができると思う」

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2008年09月26日

TIP-OFF (77)

ふと気がついたら、もうすぐ10月なのにスカパーのNBAリーグパスから何の連絡もない。
まあ、今シーズンは本当にどうしようか迷ってるんですけどね…。
こんな時期になったらもう、「早期契約割引」もなさそうだし〜。(^^;
HPには「レギュラー放送継続の前提で現在、最終調整中」と書いてありました。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第17章:A Different Kind of Star - 4


今やブルズはジョーダンのチームであり、デイリーはしがみつくことができればラッキーだろう。ブルズは初めて、ジョーダンを主役にするテレビや印刷媒体の広告のために、ジャック・レビー&アソシエイツという外部の広告会社と契約した。11月13日のサンアントニオ・スパーズ戦でジョーダンが45得点したあと、NBAの試合では3年間満員になったことのないシカゴ・スタジアムが、2試合連続完売を記録した。そして、リーグ全体も莫大な景気づけを得た。ケーブルテレビの視聴率は20パーセント上昇し、観客動員数もほぼ同じくらい増加した。12月までに、プロサーブのフォークは、ナイキと総額250万ドルに及ぶ5年契約をまとめ、史上初となるシューズのシグネチャーラインを約束させた。「自分が手にしている成功のせいで、うぬぼれているとは思わない」と、シカゴの企業リーダーたちとのミーティングの合間に、ジョーダンはビジネス・ウィーク誌に語っている。「僕は普通に暮らしているし、自分にとって自然なプレーをしているよ。いったんコートに立ったら、本当に楽しいんだ」

誇大宣伝は誇大宣伝を呼び、自ら膨張し、爆発しかねなかったが、ジョーダンは自らのゲームであらゆる騒動を裏打ちし続けた。12月7日のニックス戦では、ダブルチームされながら終了ブザーぎりぎりの決勝シュートをねじ込んだ。天邪鬼で有名なニックスのヒュービー・ブラウン コーチだけが、ジョーダンに称賛を与えることができなかった。「ジョーダンのジャンプショットが、素晴らしいカムバックをした我々の望みを打ち砕いたのは事実だ」と、ブラウンは不満そうに言った。「しかし、ジョーダンのせいでオーランド・ウーリッジが目立たないというのもひどい話だね」(※マイケルのスタッツは21得点&3アシスト&2リバウンドだから、ウーリッジの方が良かったということでしょうか)

12月22日、シカゴでボストンを圧倒した夜に、ジョーダンは32得点を記録した。怪我人が多く、人手不足でプレーしたセルティックスは、大敗の真価を認めなかった。新しいスーパースターの誕生と共に、ライバル関係が生まれた。シーズンを終了したとき、ジョーダンは51.1パーセントのシュート成功率で28.2得点、5.9アシスト、6.5リバウンドという成績を残すだろう。そして、弱点だらけのブルズは4シーズンぶりにプレイオフへ進出する。
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2008年09月25日

カール・ランドリー

【NBA】ボブキャッツ、C.ランドリーにオファーシートを掲示
2008年9月25日(木) 16時30分 ISM

シャーロット・ボブキャッツは現地時間24日、ヒューストン・ロケッツのフォワード、カール・ランドリーにオファーシートを提示した。尚、契約の詳細については発表していない。

制限付きフリーエージェントのランドリーは昨季ロケッツで貴重なベンチ要員として活躍。ヤオ・ミンが足の負傷でシーズン終了となってからは特に、インサイドで奮闘していた。42試合に出場し、1試合平均8.1得点、4.9リバウンドを奪取。ユタ・ジャズと対戦した西カンファレンスプレーオフ1回戦では0勝2敗で迎えたゲーム3で、7得点、11リバウンドを獲得。さらに終了間際のデロン・ウィリアムスのシュートをブロックし、94対92の勝利に貢献した。

「レギュラーシーズン42試合やプレーオフ1回戦で明らかになったように、ランドリーはNBAの新しい才能だ。パワーフォワードとセンターの2つのポジションでプレーでき、我々のポストプレーを補完してくれる」とボブキャッツのロッド・ヒギンズGMは絶賛した。ボブキャッツにはフロントコートにエメカ・オカフォーとショーン・メイがいるが、2人は近年故障に悩まされているため、ランドリーの獲得を狙っている模様。

誰?と思ったら、ルーキーじゃ私が知るわけない。(^^;
2007年の2巡目31位でシアトルにドラフトされ、ヒューストンにトレードされたパワーフォワードだそうで、6フィート9インチ、248ポンド。(Bobcats.com
契約条件は明らかにされていないということですが、APの記事によれば3年900万ドルとのこと。(Yahoo! Sports (AP)
で、ロケッツは一週間以内にマッチするかどうか決めなければいけないわけだけど、ビッグマンの層が厚く、ラグジュアリータックスにも近いため、オファーシートにマッチしない可能性もあるような。さてどうなりますか。(Charlotte Observer

速攻でマッチされてしまいましたとさ。チャンチャン。(26日記)

Bobcats.comよりナジー・モハメドのワークアウト動画インタビュー

シャノン・ブラウンのワークアウト動画インタビュー
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2008年09月24日

TIP-OFF (76)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第17章:A Different Kind of Star - 3


1984−85シーズンが開幕する前のエキジビションゲームのうちから、誰もがすぐに、あらゆる大騒ぎの原因を理解した。ジョーダンは宣伝されているよりずっとエンターテイニングだった。誰も見たことがないほどのダイナミズムがあり、リーグで最も華やかなマジック・ジョンソンやラリー・バードより目立っている。プレイメーカーというわけではなかったが、コートビジョンに優れ、必要に応じたパスが得意だった。とにかく、ジョーダンは光り輝いていた。「彼は破壊的なプレーができる」と、ボストン・グローブのコラムニスト、ボブ・ライアンは書いた。そして、シカゴのファンは気づいていた。ブルズのシーズンチケットは1日に50パッケージずつ売れた。レギュラーシーズン開幕のワシントン戦に集まったシカゴ・スタジアムの観客は、騒々しく、エネルギッシュだった。その数1万3913人。ヘッドコーチのロカリーは、自分が1年前にシカゴに来てから最高で最大の観衆だ、と言った。敵チームはすでに、まだリーグで1得点もしていないルーキーを止めるためのディフェンスをデザインしていた。開幕前夜、「われわれはジョーダンをチームプレイヤーにしたい」と、ブレッツのアシスタントコーチ、バーニー・ビッカースタッフがワシントン・ポストに語っている。「離しすぎればジャンパーを決められる。近づきすぎたら抜かれる。接近して守り、しかし近づきすぎなければ、彼はパスをする。それが私たちの狙いだ。できる限りボールを他の誰かに持たせること。さもないと、彼にゲームを支配されかねない」

それは公式のプランだ。非公式なプランは、リック・マホーンとジェフ・ルーランドというブルーズ(bruise=打撲)・ブラザーズが痕跡を残さずにジョーダンを叩きのめすままにしておくことだった。それは、ある程度までうまくいった。ルーランドは第2クォーターでジョーダンと激突し、マホーンはピックから不意打ちをくらわした。ジョーダンは40分間プレーし、16本中5本のシュートしか決められないまま、16得点に終わった。しかし、7アシスト、6リバウンド、4ブロックショットも記録し、ブルズは109対93で圧勝している。試合後、シュートが不調だったにもかかわらず、ジョーダンは良いプレーができたと語った。試合では手荒い歓迎を受けていたが、ラフなプレーに不平を言うこともなく、ゲームは自分の予想どおりに進んだ、と述べた。試合後はどこのパーティーへ行くのか質問されたとき、ジョーダンは「うちへ帰って寝るよ。僕に必要なのはアスピリンとアイスパックだ」と答えた。ブルズのシーズン第2戦は、それほど成功しなかった。バスで90分移動したミルウォーキーで、ジョーダンはブザーと同時のベースライン・ドライブを外し、ブルズは108−106で敗れた。しかし、ホームにバックスを迎えた第3戦は、その後のシーズンの進路を決めることになるだろう。

クィンティン・ディリーはすでに、シックススマンとしてジョーダンのバックアップに回る新しい役割に反発を隠さなかった。前シーズンはチーム2番手のスコアラーだった激しやすいデイリーは、「個人的な理由」でバックス戦を欠場した。試合開始1時間前、デイリーの兄のトニーからアシスタントコーチのフレッド・カーターに、デイリーは寝過ごしたという電話があった。30分後、再び電話をかけてきたトニーは、弟の具合が悪いと弁解した。デイリーは1982年に憂うつ症で6試合欠場し、その後、ボルチモアで6週間、アルコールと薬物乱用のリハビリを受けている。今回、彼はホームゲームのバックス戦を休んで罰金を科されたが、当の試合はジョーダンが完全に支配した。合計37得点のうち第4Qに22得点をあげ、チーム最後の17得点中14得点を1人で記録した。残り31秒のジョーダンのバスケットが、デイリー不在のシカゴを116対110の勝利へ導いたのだった。
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2008年09月23日

新シーズンまであと一週間(追記)

マイケルもライダーカップが終わったらシャーロットへ行くみたいなので、ここらで放置していたボブキャッツのことでも少々。(^^;

トレーニングキャンプに元ウィザーズのドネル・テイラーを招待
6フィート5インチのガード。PGとSGがプレーでき、力強いディフェンダーでもある。2005-06と2006-07にウィザーズで98試合に出場したが、シュート成功率が低く(39.5%)、昨年のプレシーズンでウェイブされた。

Bobcats.comよりショーン・メイのワークアウト動画インタビュー

レイモンド・フェルトンのワークアウト動画インタビュー

ジェラルド・ウォレスのワークアウト動画インタビュー

スクリメージを見学したボーネルさんのレポート
・良いディフェンダーの素質があるシャノン・ブラウンやドネル・テイラーとの契約(少なくともトレーニングキャンプまでは)から、ラリー・ブラウン新コーチがディフェンスに焦点を合わせていることが分かる。

・ジェラルド・ウォレスのブロックショットやドライブを見れば、爆発力が回復したことは明らかだ。ウォレスを健康にしておく最善の策は、パワーフォワードでの起用を最小限に抑えることである。

・エメカ・オカフォーは2〜3ポンド体重を増やしたと言うが、むしろ、ほっそりして柔軟になったように見える。オカフォーによれば、筋肉を肥大させずに強さと爆発性を増すエクササイズに取り組んだそうだ。

・レイモンド・フェルトンとD.J.オーガスティンはトレーニングキャンプで最高のマッチアップになるだろう。オーガスティンのハンドリングは素晴らしい。

・80年代にラリー・ブラウンの下でプレーしたマイク・ジミンスキーによると、ラリー・ブラウンのシステムは非常に複雑な上、シーズン中に何度も調整されるため、頭が悪い選手は成功できない。「高いバスケットボールIQを持つプレイヤーは、IQが低くて素晴らしい運動能力を持つプレイヤーよりラリーとうまくやれる」

Charlotte Observer

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2008年09月22日

ライダーカップ最終日

ヨーロッパ選抜チームのヘンリク・ステンソンに頼まれてサインしているところ。

0921RyderCup1.jpg
REUTERS/Jeff Haynes (UNITED STATES)

★上の画像  ★アメリカ選抜チームのアンソニー・キムと  ★flickr1  ★flickr2

Yahoo! Sports Golf のフォトギャラリーがPage 25 of 193から正常にさかのぼれず、それ以前の写真は探せないんだけど、Getty Imagesに今日の分がなかったから良かったです。(だって、きれいな写真はGettyの透かしが入らないYahoo!で保存したいじゃないですか。(笑))

初日のエピソード
スポーツセンターをチェックしたら、マイケルがヨーロッパ選抜チームのキャプテンであるニック・ファルドを慰め(日本語ナレーションによれば)、ふざけて肩をもんでいるシーンがあったのですが、ニュース検索でヒットしたエピソードがジャストミート。
The Columbus Dispatch

MJ:「ファルドの肩をもんでいたとき、彼から携帯メールが来てね。『その手を離して、肩をもむ代わりに首を絞めてやれよ』だってさ」(彼=自宅でテレビ観戦中のタイガー・ウッズ)

(^m^)
というか、てゆーことは、マイケルちょこちょこTVに映っていたのかなぁ。
ゴルフチャンネルを契約しておけば良かったかなぁ。
明日再放送あるけどさぁ。(今からじゃ間に合うかどうか…)
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2008年09月21日

ライダーカップ2日目

0920RyderCup2.jpg
(Shaun Best/Reuters)

昨日と着ているものが違うだけ〜。

★1  ★2(上の画像)  ★3  ★4  ★5  ★6  ★7

動画は最初からあきらめているので探していません。
あと、シャーロット・オブザーバーの記事によれば、来年秋のプレジデンツカップでアメリカチームのキャプテンを務めるフレッド・カプルスから特別アシスタントを依頼されたが、「僕に選択権はないと聞かされた。行くよ」(^^)とのこと。(Charlotte Observer

◎ついでに見つけたアロンゾ・モーニングの自伝出版記念パーティーの様子。ウェイドとかユーイング父子とかジョン・スタークスがいます。ZOの自伝は“Resilience: Faith, Focus, Triumph”というタイトルだそうです。まさにね。

wireimage.com


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2008年09月20日

ライダーカップ初日

マイケルが現地に来ていることは確認済みでしたが(courier-journal.com)、まったく人前に出て来てくれず、イベントやセレモニーの写真で見かけるのはモハメド・アリばかり…。
現地金曜日から本番が始まってようやく〜。

0919RyderCup2.jpg
(AP Photo/Morry Gash)

「第37回ライダーカップ初日は、マイケル・ジョーダンがフィニッシュを見守るためにラグジュアリースイートから地上へ降りてくるほど見事なゲームだった」(courier-journal.com)そーです。ということは、アメリカチームの成績次第で今後は姿を現してくれない可能性も?

Yahoo! Golf のフォトギャラリーなどで探した画像
★1  ★2  ★3  ★4  ★5  ★6  ★7  ★8(上の画像)  

これだけあれば満足して、当てもなく地元紙のフォトギャラリーを探す気力はなくなり。(^^;
記事だけ見つけました。 courier-journal.com

昨日、マイケル・ジョーダンは第37回ライダーカップを観戦するためにバルハラ・ゴルフクラブにいた。
午前中はフィル・ミケルソン&アンソニー・キム組と一緒に回り、ライダーカップを自分の「favorite sporting event.」と呼んだ。「ロープの内側に入れるから(ギャラリーから逃れて)、という理由だけではなくてね。僕は競争が大好きなんだ」
白いTシャツとジーンズ、野球帽のジョーダンは、1997年からすべてのライダーカップを現地で観戦していると言い、タイガー・ウッズとも親しい。
「僕はライダーカップが大好きだ。金ではない。すべてがプライドの問題で、あらゆるショットに何らかの意味がある。幸せな誰かがいて、無念な誰かがいる」
メディアと一緒にバスケットボールの話をしながら18番グリーンまで歩いたあと、ジョーダンは、火曜日から町にいたと言った。レークフォレストで家を借り、ずっとゴルフをしていたそうだ。


ゴルフ・チャンネルでは1日中ライダーカップを放送しているんですよね〜。マイケルがたっぷり映るのなら1ヶ月だけ契約してもいいんだけどな〜。スポーツセンターだと映っても一瞬だろうな〜。
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2008年09月19日

正統派比較論

レイカーズがファイナル進出を決めた時に再燃したコービーとMJの比較論はほとんど読まなかったけど、ローランド・レーゼンビーがマイケル本人やテックス・ウィンターらに取材した比較論なら面白いかも?と思って、この記事で紹介されていた分を読んでみました。(そもそもはNIKETALKで発見)
本文は現在発売中のLindy's Pro Basketball 2008-09 というプレビュー本に “In Michael's Image.”として掲載されているそうで、オンラインでも購入可能だそうです:lindyssports.com

1)ブライアントの偉大さは一般人から正しく評価されたり理解されたりしていない、とジェリー・ウエストは思っている。2008年のファイナル期間中、ウエストは「とやかく言う人々は彼について何も知らない」とレーゼンビーに語った。

2)ジョーダンは自分とブライアントとの比較にさほど悩まされていない、とレーゼンビーは指摘した。「実のところ、ジョーダンは何を大騒ぎしているのか分からない。結局のところ、人の行動は模倣である。それが人のすることだ。人間は他の人間をコピーし、まねる」
ジョーダンは、ブライアントがジョーダンに倣って自分のゲームのイメージを形づくったことは認めたが、それを悪いことだとはまったく考えていない:「だが、どれだけの人々が私のために道を照らしてくれた? それはバスケットボールの進化だ。デイヴィッド・トンプソンや先人のプレーを見ていなければ、私も自分がやったようなプレーをできなかっただろう。コービーも私のプレーを見ていなければ違うプレーをしていただろう。だから、それがバスケットボールの進化なんだ。それを崩すことはできない」

3)レーゼンビーはさらに、「話をしていると、ジョーダンがブライアントを尊敬していることはすぐ分かる。見下す気配さえない。とにかくジョーダンは、絶頂へよじ登るために仕事をし、精神的な強さを持つ人間のことを尊敬する。ブライアントは仕事をし、タフネスを見せた、と彼は言う」と付け加えた。

4)ウィンターは、ブルズの成功におけるスコッティ・ピペンの役割は、どれほど称賛しても過大評価にならないと繰り返し強調した。裏を返せば、ウィンターとウエストは現在のブライアントのサポーティングキャストのメンタルタフネスの欠如(2008年のファイナルではっきり明らかになった)を批判している。「レイカーズはまったくメンタルタフネスがない」と、ウエストは率直に言い、同意するウィンターは付け加えて、「シカゴにはオープンショットを決めることができるジョン・パクソンやスティーブ・カーのようなタフな選手がいた」

補足記事として、レーゼンビーは、数年前のレイカーズのコーチ陣(一部はシカゴでジョーダンもコーチした)が、ジョーダンとブライアントは非常に良く似ており、実際、負けず嫌いな闘争本能、アルファ・メールな性質に関しては、ほとんど気味が悪いくらいそっくりだという結論を下したと指摘した。コービーとマイケルは、勝負のことになると非情だったと誰もが同意した。そして、マイケルの手の方が大きいことを別にすれば、彼らのスキルも似ていた。2人の大きな違いは、カレッジの経験から来る。「ジョーダンはノースカロライナ大学時代にディーン・スミスのシステムでプレーした。だから、ブライアントよりチーム・コンセプトの中でプレーする準備ができていた」

多くの人々を驚かせるかもしれない発言で、ウィンターはレーゼンビーに、ジョーダンがシャキール・オニールと一緒にプレーして良くフィットしたとは思えないと述べた。ゲームテープを綿密に調査すると、ブライアントのショットセレクションがかなり良いことが明らかになるというウィンターの発言は、ブライアントの批判者をさらに驚かせるだろう。「実際に、ほとんどの場合は悪いショットを無理撃ちしていない。彼がホットになったときは、他の選手だったら疑わしいショットも撃つ。しかし、彼が撃ったショットの多くは入るんだ」
とにかく、一般的なショットセレクションの解釈に加えて、クォーターの終盤にショットクロックが進み、ラストショットをゲットし、敵に得点チャンスを与えないために、ショットを引き受ける(そして、自分がシュートできない場面ではパスをする)選手を信頼するという別の解釈もあるだろう。

ウィンターは、「私は、彼らがどれほど良く似ているか考えてみる。彼らは2人とも、驚異的な反応やクイックネス、跳躍力を見せる。2人とも良いシューティングタッチを持っている。一部の人々はコービーの方が良いシューターだと言うが、マイケルもキャリアと共にシューターとして本当に成長した。私は、コービーがマイケルの全盛期より良いシューターかどうか分からない」(※以上、ややこしい部分は意訳のつもり)

――うーん、正しすぎて当たり前な比較論だった。(^^;
まあ、本当に良く似ていますよね〜。コービーの方が少しきゃしゃだと思うけど。

posted by まき at 21:03| Comment(3) | TrackBack(0) | MJ | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

TIP-OFF (75)

意味を解読するのが面白いだけで、ここに載せるのはホント自己満足ッス。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第17章:A Different Kind of Star - 2


1984年9月、ジョーダンがブルズと契約を結ぶためにシカゴを訪れ、イリノイ州一謙虚な金持ちという印象を与えた記者会見を開いたとき、ジョーダンに懐疑的だったコブラーも同席していた。1巡目指名選手が契約に署名するときはいつも、この種のメディアの集合が標準的で気の利かない業務だった。コブラーは、この契約が「シカゴに素晴らしい成果をもたらすことへのオーナーシップの献身を示す」と述べた。ソーンは、ジョーダンのサイズとクイックネスから、フォワードでなくガードでプレーするだろうと予測した。ジョーダンにとっては、この日は素晴らしい楽しみで、義務と同じくらい冒険でもあった。彼はリグリーフィールドのカブス対エクスポズを観戦に行き、地元の名物アナウンサー、ハリー・ケリーとオシャベリを楽しんだ。ジョーダンは子供の頃から野球が大好きだったが、実際にメジャーリーグを観戦したことはなかった。ノースカロライナ州近辺にはメジャーのチームがなかったから、と本人は説明している。ジョーダンの両親、ジェームズとデロリスも調印式のためにウィルミントンから出かけて来て、最後にもう一度、自分たちのサポートを示すために息子に付き添っていた。この後、彼らの息子はもう、記者会見に両親を必要としない。「僕はチームを運ぼうとはしません――とにかく適応したい」と、マイケルは集まった記者たちに語った。「“マイケル・ジョーダン・ショー”にはなりません。僕はブルズの一員であり、NBAで得られるものは何でも得る必要があります。でも、ボビー・ナイトと一緒に働くことができたら、誰とでもうまくやっていけるでしょう」

サラリーは良いスタートだったが、ジョーダンが想像されたこともない収入の流れを開拓するだろうということは、すでに明らかになりつつあった。フォークは当時、オリンピックによって、さらには素晴らしいルックスによって、ジョーダンがどれほど市場性の高い人間になったか語っている。優美な体形とハンサムな容貌で、ジョーダンはアフリカ系アメリカ人のスポーツヒーローの一員として登場した。ブルズと契約してから2週間も経たないうちに、さまざまなファッションに身を包んだフォト・ポートフォリオを作成し、ニューヨーク・タイムズとのインタビューでは自分のことを三人称で呼んでこう語っている:「マイケル・ジョーダンの多彩な面を見てもらおうという考えなんだ。遊び着で数ショット、ビジネス・スーツで数ショット、タキシードで数ショット――さまざまなタイプのコマーシャルで僕がどう見えるかということを示すためにね」

初期の広告で、ジョーダンは一言も発さなかったが、確かに非常に見栄えが良かった。フォークが指摘したように、ジョーダンは常に人目につき続けることができ、魅力の乏しい他競技のオリンピックスターより有利だった。フォークはその概念を「継続的な露出」と呼んだ。エージェントは、電子機器やバスケットボール・メーカー、そしてもちろん、シューズ・メーカーとのコマーシャル契約を考えていた。「彼を薄めすぎたくない」と、フォークは新しいエージェント用語を作り出して説明したが、その5年後の1989年には、「薄めすぎ」は問題でなかったようだ。ジョーダンはナイキと2000万ドル以上の7年契約を結び、さらに、マクドナルドやコカ・コーラ、ウィーティーズ、シボレー、ウィルソン・スポーツグッズ、そしてジョーダン・プロダクツと推定1000万ドルの契約を交わしている。ブラック・アスリートが白人のアメリカでセールスマンとしてやっていけないと考える専門家がまだ存在したなら、非常に愚かであることが証明された。スパイク・リーの独創的で巧みなコマーシャルと、ジョーダンの天性の人好きの良さは、マーケティングのモンスターを生み出した。「マイケルは何よりもそういう認識に変化をもたらした」と、チャールズ・バークリーは言う。「俺は彼とスパイク・リーに大きな称賛を送るよ。ナイキは本当にこういうことをした最初の会社だったし、コマーシャルが鍵だった。シューズ契約がすべてだった。マジックとラリーは史上最高のアスリートだが、シューズをマイケルとスパイクがやったようなレベルへ持って行かなかった」
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2008年09月17日

全員揃った“自主トレ”

トレント・タッカーのイベントについて何も見つからなくて〜。
今月はソフトボールで全力疾走する写真とか見たから、ま、いいか。
あとはtrenttucker.orgに期待します。

トレーニングキャンプまで2週間、オカフォーとオーガスティンも加わってチーム全員で『自主トレ』のボブキャッツ。

動画:オカフォー編  オーガスティン編

こういうのを見ると嬉しい私は、けっこうホントにボブキャッツファンかも。
何とかプレイオフが叶うといいなぁ。

個人のワークアウト動画:リチャードソン  モリソン  キャロル

ダン・パトリック・ショー(たぶんラジオ)に出演したレジー・ミラーが、ルーキー時代の自分とマイケルの思い出を語ったそうなんです。(SI.com)
プレシーズンゲームで対戦したとき、まだ本気じゃないジョーダンを相手にうまくやっていたら、ペイサーズの先輩のチャック・パーソンから、「ジョーダンに何か言ってやれ」とけしかけられた。ミラーのトラッシュトークで火がついたジョーダンは、自分をベンチに下げないで欲しいとダグ・コリンズに頼み、ハーフで30点くらい取って、若いミラーをボコボコにした。ミラーは、もう二度とジョーダンにトラッシュトークはしないと心に誓った――という。
この話はどこかで読んだ記憶があるけど、本当にレジーはMJにトラッシュトークしなかったんですかね。こんなに怒らせた人もめずらしいと思うけど。(^^;



ま、ミラー本人はこのときのことを、トラッシュトークなんかしていなくて、MJが誤解しただけだと言ってましたっけ。

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2008年09月16日

TIP-OFF (74)

1991 Eastern Conference Semifinal Chicago at Philadelphia, Game 3
プレイオフで接戦なら面白くないわけがなく、どんどんインサイドへドライブするマイケルのプレーも好きだし、かなり楽しめました。
ただ、画面が小さいせいで迫力がイマイチ〜やっぱテレビで見たい〜。
ムダにパワフル(褒め言葉)なマイケルのダンクもこんなものじゃないはず!
タイムアウトがきれいにカットされているので、ベンチでぐずるホーレス・グラントはちょっとしか見られませんでした。(笑)

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第17章:A Different Kind of Star - 1


ドラフトの翌日、マイケル・ジョーダンがブルーミントンからシカゴへ到着したとき、地元に蓄積された負の記憶は、即座にブルズの新たな選択を疑った。ブルズの絶望的な状況はほとんど永久に続くように思われた。これはビッグマンではない。優勝チームを築くために是が非でも必要なインサイドの大黒柱ではない。ロッド・ソーンとケビン・ロカリーがジョーダンと一緒に地元紙のカメラの前でポーズをとったが、それらのスナップ写真の中で、本当に自信があるように見えたのはジョーダンだけだった。これは、ジョーダンがブルズの最初の練習に加わる数ヶ月前、ソーンがアシスタントコーチのビル・ブレアから喜ばしい電話をもらう数ヶ月前のことである。ブレアは、ジョーダンが経験豊富なチームメイト全員を全く相手にせず、段違いの才能を見せつけたスクリメージに立ち会うだろう。ブレアのシンプルなメッセージは、ようやくソーンに息をつくことを許したのだった。「どうやら大当たりのようだよ」と、ブレアはソーンに伝えた。

しかし、ソーンの解放はまだ、古くさいシカゴ・スタジアムの角を曲がった先にある。まず、ソーンが「かなりハード」と呼んだ慎重を要する契約の問題。オリンピックで優勝したジョーダンのプレイヤーとしての株と人気は大幅に上昇したところで、金銭で測るのが不可能な、途方もないマーケティングのポテンシャルを備えていた。幸いなことに、ドラフト1位指名から減額されていく給与表というガイドラインが定着している。もしジョーダンがトップ指名だったら、ソーンはきっと、将来のスーパーエージェント、デビッド・フォークを相手にした、もっと厳しい交渉を迫られたことだろう。話し合いは何週間も続き、ようやく、1984年9月12日に、ジョーダンはサインした。今となればバカバカしいほどわずかだが、当時は莫大な金額と考えられた契約に。シカゴ中が両者の交渉を我がことのように見つめ、そのような法外な数字を考えただけで頭を振り、舌打ちをした。18歳のホッケー選手、エディ・オルチェクがシカゴ・ブラックホークスと契約したとき、「マイケル・ジョーダンとブルズの契約金には遠く及ばないことくらい知ってるよ。ジョーダンの8分の1でいいから欲しいと思ったりするけど」と、冗談を言った。

結局のところ、ジョーダンの契約は年100万ドルに満たず、ルーキーシーズンはたった55万ドル+インセンティブだった。当初の契約は1987−88シーズンの約84万5000ドルまで段階的に増額され、そのシーズン終了後、ブルズは残り3年の契約を破棄して新たに総額2500万ドルの8年契約(年平均312万5000ドル)をジョーダンに与えた。新人契約を結んだとき、ジョーダンはラルフ・サンプソン、アキーム・アラジュワンに次ぐNBA史上3番目の高給を受け取るルーキーだった。これはただならぬ投資のように思われ、ブルズのジョナサン・コブラーCOOは、ソーンが大いに協議したことを確信するとはいえなかった。「アンバサダー・イースト・ホテルで一緒に一杯やったとき、コブラーは冗談めかして、『私たちが支払っている金額のおかげで、この子の評価は実態より高くなっているんじゃないか』と言ったんだ」と、ソーンは回想する。「マイケルがマイケルになったとき、私はいつもその発言を持ち出して彼をからかったものさ」
シーズン中盤、コブラーはディーン・スミスからも同じことを聞かされた。ある試合でコブラーと同席したスミスは、ジョーダンの何か素晴らしいプレーを目にして、コブラーがひどく不当な低賃金しか払っていないことを責めた。程なく、この事実は誰の目にも明らかになる。1984−85シーズンの終わりまでに、ブルズのホーム観客動員はジョーダン加入前の標準より87パーセント増加した。チケットセールスは180万ドル増の380万ドルとなり、プレイオフからも別途20万ドルの収入があった。ジョーダンは、非常に高額な自分のサラリーをほぼ4倍にして返したのだ。
posted by まき at 21:15| Comment(2) | TrackBack(0) | TIP-OFF | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

リスニング力はゼロ…

ノースカロライナ大学ターヒールズについて語っているMJ。何を言っているのか分かりませんが、チラホラ挿入されている大学時代の姿など楽しんだり。(^^;
いつのインタビューかも分かりませんが、去年2月10日(このセレモニーの映像がある)から今年2月17日(投稿日)の間であることは確か。



今日はポンテルから届いたDVDを見ようと思います。
posted by まき at 13:43| Comment(2) | TrackBack(0) | UNC | 更新情報をチェックする

2008年09月14日

sought-after endorser

Michael Jordanで検索しても現役復帰したランス・アームストロングの記事と(現役引退⇒復帰⇒成功の前例として引き合いに出されているらしい)Michael Phelpsのことばかり。
その中でもMJと関係あった記事 bizjournals.com によると、最近の調査で、北京五輪8冠のマイケル・フェルプスが『広告主に最も求められている有名人』になったというんですが、2番目がマイケル・ジョーダンで3番目がトム・ハンクスだそうデス。
ほお。

それにしても、北京五輪の前は1111番目だったって、ホントに1111番目まで統計とってるんですかね。あと、1000人の一般人に写真と名前を見せて調べた知名度ではウィル・スミスとトム・ハンクスが首位でフェルプスは10位(五輪前の33パーセントから95パーセントに上昇)とか。
他に、フェルプスは消費者への影響力が2位で、最も訴求力がある有名人ではモーガン・フリーマン、トム・ハンクス、ウィル・スミス、デンゼル・ワシントンに次ぐ5位だとか、そんなのどうやって調べるのさ〜?とも思うわけですが。

あ、ポンテルはもうポストに届いてました♪
どうやら無事に再生できそうなので、感想は(あれば)また後日にでも。

posted by まき at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | MJ | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

ボブキャッツ情報

ボーネル記者が水曜日のピックアップゲームで見聞きしたこと:

Charlotte Observer

1.シャノン・ブラウンとの契約は助けになるだろう。チームの主力にはならないが、他のウイングプレーヤーと違い、フットボール選手のようながっちりした体格で、エネルギッシュでたくましい。ラリー・ブラウン コーチはこういう選手(フィラデルフィアのジョージ・リンチのような)を強く好む。彼らがディフェンスをすれば。

2.サマーリーグでひざを捻ったルーキーのアレクシス・アジンザは左ひざにブレースをつけているが、スピードは損なわれていない。NBAへの準備には時間がかかるだろうが、20フィートのジャンパーを決め、速攻をフィニッシュする姿を見れば、ボブキャッツが彼を好む理由も理解できる。アジンザはブラウンのお気に入りのプロジェクトになるかもしれない。

3.今のところ少しためらいがちにプレーするアダム・モリソンを責めることはできない。大きな怪我をしたのは初めてだし、まだ自分自身に自分のひざの健康を納得させる必要がある。

4.トレーニングキャンプまで3週間で、こうやって大勢の選手が自発的にワークアウトに参加するのは素晴らしいことだ。水曜日にプレーしなかったボブキャッツのメンバーは4人だけ。ジェイソン・リチャードソンは肩に痛みがあり、ジャマリオ・デヴィッドソンは胃が不調だった。エメカ・オカフォーとD.J. オーガスティンはまだシャーロットにいない。デル・カリーによれば、NBAチームは普通、キャンプ前週までこんなに大勢で一緒にワークアウトをすることはない。

5.リチャードソンはプレーしなかった(怪我は重くないようだ)が、この夏はチーム一のハードワーカーだったと聞く。今シーズン前半に昨シーズン後半のようなプレーをすれば、オールスターに選ばれるだろう。

6.シャーロットでピックアップゲームのメンバーを探すのは難しくない。元ボブキャッツ(現ユタ・ジャズ)のブレビン・ナイトとワシントン・ウィザーズのブレンダン・ヘイウッドはオフシーズンを当地で暮らし、水曜日のゲームにも参加していた。

7・ナジー・モハメドは素晴らしい夏を過ごした。1週間で2度ホールインワンを決めたそうだ。

8.ボブキャッツはトレーニングキャンプに大勢の補欠選手を呼ばないだろう。

9.マット・キャロルは、睡眠不足な新米パパとしてはとても良いシューティングをしている。

10.オカフォーが体調を保っていることは素晴らしいが、コンディショニングの要求が厳しいブラウンのことを知ると、すぐにシャーロットへ戻る方が賢明かもしれない。


ボブキャッツは、マリファナとか〜酒場で喧嘩とか〜飲酒運転とかスピード違反とか〜オフコートの騒ぎが何もないナイスガイ揃いのチームだけど、強烈なリーダーが1人欲しいな〜。全盛期のMJがいたら優勝だって狙えそう・・・全盛期のMJがいて優勝を狙えないチームなんてないか?(^^)
posted by まき at 20:03| Comment(4) | TrackBack(0) | ボブキャッツ08オフ | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

ボブキャッツ情報:メイ&モリソン

トレーニングキャンプまであと2週間になって、シャーロット・オブザーバーにレポートが載っていたので。

Charlotte Observer

◆メイ
ショーン・メイの体重は265〜270ポンド(120-124kg)で、もうずんぐりしていない。
毎日ボブキャッツのトレーニング施設でピックアップゲームに参加しているが、プロ入りしてから苦しんできた右ひざの痛みはなく、「たくさんの人がイライラしていたことを知っているし、自分でもイライラしてきた。今の目標は自分を証明することだ。この組織に、このチームに、自分自身に、そしてファンに向けて証明することがたくさんある。本当に有難いことに、もう一度プレーするチャンスを与えてもらって、今はそれしか考えていない」
10月にマイクロ・フラクチャー手術を受けたメイは、3週間前からプレーを始め、最初は一日おきに、今は基本的に毎日プレーしている。自宅にはひざの腫れを防ぐためのマシンも備えた。
「僕は良くなっている。まだ少しコンディショニングに取り組む必要があるけど、トレーニングキャンプまであと2週間だし、もっと自分をプッシュするつもりだ」
メイにはパワーフォワードとして先発するチャンスがあるかもしれない。ボブキャッツはビッグマンのポジションが薄い。メイもそれを知っている。
「ドラフトの間中、チームがパワーフォワードを獲得するんじゃないかと心配していたんだ。ずっと怪我をしていたのにまだチャンスがある自分は幸運だと思う」
「今日、(ブラウンHCに)自分のプレーについて聞いてみたら、『1年間プレーしていないことを考えれば素晴らしいと思うよ。君はゲームについて知っているし、どうやってプレーすればいいか知っている』と言ってもらったんだ。そう言ってもらえたことは嬉しいけど、結局のところ、僕はまだ、自分がそういうコメントに値することをプレーで証明しなければならない」

◆モリソン
左ひざ前十字靭帯断裂で1シーズン欠場したアダム・モリソンは、ブレースも着けず痛みもなくプレーしている。
今の課題は、スモールフォワードというポジションに必要な急激なカットやストップ&スタートの自信を回復することだ。
「大丈夫だろう」と、本人は言った。「方向転換はまだ少し不安定なんだ。ひざよりもメンタルな原因だと思う。まだ万全な調子には戻っていないけど、5対5のプレーから12ヶ月も離れていたんだし、時間が必要なだけだと思う。でも、今の状態に戻れただけで嬉しいんだ」
posted by まき at 20:57| Comment(4) | TrackBack(0) | ボブキャッツ08オフ | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

TIP-OFF (73)

1年以上かかって、何章も飛ばして、やっと16章終了・・・いつまで続くやら。(^^;

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第16章:After the Fall - 5


それでブレイザーズは1984年の有名なドラフトの失敗からいくぶん回復できたが、財政的な苦闘は現在まで続き、ポートランド市とチームは今、70年代後半から80年代前半のような純粋な愛情関係を楽しんでいない。オーナーのポール・アレンは、壮大なローズ・ガーデン・アリーナに融資することで大きな夢を描きすぎた。オレゴン・アリーナ・コーポレーションは破産を宣言し、アレンはポートランド市の納税者に資金を要求し始める。そして、2006年には、金が用意されなければブレイザーズをどこか他の都市に移転させるという、あいまいな脅しをほのめかしたインタビューの内容が、編集されてブレイザーズの公式サイトに掲載された。

最初の取引がなされたとき、リーグの財政は今と異なった。たとえば、1991−92シーズンのサラリーキャップは1250万ドルだったが、現在は4950万ドルだ。今にして思えば、我々は、長期にわたってトレイルブレイザーズを維持することができ、なおかつポートランド市のためにもなる取引をすべきであった。それは難しいことだ。実業家として、私は毎試合数十万ドルずつ損をしている。ひどい話だよ…。私はチームをポートランドにとどめたい。これが裁判沙汰になったり、誰かがチームを買収してどこかへ移転するというようなことになったら残念だ。

ブレイザーズがジョーダンをドラフトしていたら、事態はいくらか違っただろうか? もちろん、それを知ることは不可能だが、成功した王朝はチームの財務状況に素晴らしい効果をもたらすことができる。繰り返されたチャンピオンシップ・シーズンは、コミュニティーに好意を蓄積することができ、ファンが関心を失ったり不快感を抱くまでに、かなりの猶予期間がもたらされる。ジョーダンは1998シーズンを最後にシカゴを去ったが、没落したブルズの観客動員は直後の3シーズンで平均2万1000人を超え、その後も1万8000人をはるかに上回った。ブレイザーズもかつてはホットなチケットで、70年代から90年代にかけてコロシアムの完売を続けている(長い間、収容人数は1万666名だった)。1995年から2003年まで、新しいローズ・ガーデンは1試合平均2万人前後の観客を集めた。それ以降の平均観客数は1万6000人に下落したが、すべては公式発表の数字であるため、必ずしもまばらなアリーナの現実を反映していない。オーナーの発言を巡ってチームとメディアの関係は悪化し、インタビューのリクエストはすべてチームの承認を得なければならず、録音されたインタビューのトランスクリプトはチームの公式サイトで誰でも読めるようになるとチーム広報が発表するような状況にまでなった。これは事実上、あらゆるスクープ報道を損ないかねず、記者たちとチーム当局の関係に更なる緊張を強いた。

ジョーダンをドラフトすることは、優勝バナーや喧騒やジャージの売上やどんなオーナーもしばらくは幸福にするような満員の観客を意味したかもしれない。インマンは異なる視点で考えることを好む。1984年のドラフトはブレイザーズにとって非常に良いオマケだったのだと。そして、世論が誰かを非難したいなら、まず1巡目指名権をトレードしたインディアナが非難されるべきであったと。

「もちろん、やり直せるものならやり直すよ」と、インマンは言った。「だがね、それはたぶん欲張りすぎというものだ。トム・オーエンズと交換した1巡目指名権でマイケル・ジョーダンをゲットするなどということはね。マイケルは私たちのニーズと違ったんだ。マイケル・ジョーダンがNBAの助けになったことや、彼がシカゴで達成したあらゆることを、私はとても喜んでいる。彼は威厳をもって成し遂げた。比類のない存在だった。私は彼を自分のスターティング5に選ぶよ。NBA史上の。もちろん」

ブーイは誰のトップ5にも入らない。ブレイザーズで4年、ネッツで4年、レイカーズで2年プレーして引退したブーイは、平均10.5得点、7.5リバウンドの成績を残している。その数字は、彼が大学の最終学年で残した成績といくらも違わない。ニュージャージーやロサンゼルスでさらに多くの打撃やあざをこうむったが、足のビスは比較的しっかり持ちこたえた。引退後は家族と共にレキシントンへ移り、長女のバスケットボールのコーチをした。妻のハイジは処方薬に関する問題を抱え、2001年に世間に知られるところとなる。ブーイは仕事より家族を選び、ケンタッキー大学のゲーム解説者を辞職した。サムとハイジ・ブーイは力を合わせて危機を克服した。

「サムは素晴らしいバスケットボール選手だったが、それ以上に素晴らしい人間なんだ。彼を知る者なら誰でもそう言うと思う」と、ケンタッキー大学時代のチームメイトだったケニー・ウォーカーは言う。「サム・ブーイほど良くできた男はいない。大きくて力強い男は威嚇的であることを求められるが、それはサムじゃないんだ。サムはただ、自分がやるべきことをやったんだ」

それがマイケル・ジョーダンやビル・ウォルトンでないことを意味するなら、それはそれでいいではないか。ブーイ本人が2位指名を頼んだわけではないのだ。

「俺はサム・ブーイを気の毒に思うよ」と、チャールス・バークリーは言った。「彼は素晴らしい男だし、怪我をしたのは本人のせいじゃない。誰も彼もが結果論で彼のことをとやかく言おうとするよな。まるで、自分たちはマイケル・ジョーダンがマイケル・ジョーダンになることを知っていたかのように。あいにくだが、それを知っていたのは俺だけさ」
posted by まき at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | TIP-OFF | 更新情報をチェックする
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