2006年03月29日

サム・スミス

最近好調なマジックでも、ホームなら勝てるかと思ったのに・・・
ダーコ・ミリチッチが27分12得点8リバウンド4ブロック?
トレードされて良かったですね。

そして、ペニーがいなくなり、マッシュバーンが引退し、“あの頃”若手だったプレイヤーが続々姿を消す昨今、グラント・ヒルの「再手術を受けるくらいなら引退する」コメントが寂しかった。
アマレも焦らずきちんと治して。


■今日の本題
最近時々、サム・スミスが読者からの質問に答えていまして。
例えば―――

Q:コービー・ブライアントとドウェイン・ウェイドは、どちらが優れたボールプレイヤーだと思いますか?コービーは今のNBAで最高の選手ですか?

A:コービー・ブライアントがNBAのベストプレイヤーだ。MVPはスティーブ・ナッシュかもしれないし、ダーク・ノビツキーはもっと勝ち星を挙げるかもしれないし、ハイライトビデオにはレブロン・ジェームズの方が登場するかもしれないが、コービーは猛烈なコンペティターと総合的なスキルの最高の組み合わせだ。ウェイドは素晴らしい。しかし、まだペリメーターのシューティングゲームも本当の大試合での成功や経験もない。


他、ほとんどの質問はブルズ関係なんですけど、今回はマイケルとの関係について質問があり―――

Q:マイケル・ジョーダンと最後に会ったのはいつですか?彼はどんな態度でしたか?あなた方には、いくらかでも親密な関係がありますか?それとも、彼はまだあの本のことで怒っていますか?

A:マイケルは私のことを好いていないが、常にきちんと対応してくれたよ。1991年に『The Jordan Rules』が出版された後、彼は私に腹を立てていた。特に当惑させるようなことや害を及ぼすことを書いたつもりはないので、何に怒っているのかよく分からないが。彼は1度もあの本について私に何か言ったことはないんだ。私は彼と良好な、プロフェッショナルな関係を持っていたし、当時はメディアも選手と一緒に移動していたので、何度か夕食を共にしたり、一緒に時間を過ごしたこともある。私はいつも彼に、バスケットボールで起こることは何でも記事の対象にすると話していたのだが、彼の方は、私が彼について書いたことで、ある種の慣例を破ったように感じたのだと思う。私は、彼の家族や私生活のことは書かないと約束したし、それは常に守った。

ウィザーズ時代、何度か短い会話を交わしたが、非友好的なものではなかったよ。話したのはバスケットボールのことだけだったが。彼は常に、自分の感情がどうであれ、公共の場では敬意を持って接してくれたし、質問にも答えてくれた。それは他の記者に対しても同じだ。ウィザーズ時代は、何人かのレポーターのように、そしてかつてのブルズ時代のように、雑談しながら歩くことはなかったが。彼はもう、めったに記者と話さなくなっていたし、私が彼と会うのも、数回のブルズ戦のときだけだったから。

私はずっと彼が好きで、彼のことは、自分が大好きな映画についての話でも何でも、あらゆることが競争になってしまうあの伝説的な負けず嫌いのために、そばにいるのが楽しい、男に好かれるタイプの男だと思った。もう私のことなど気にしていないだろう。彼はとてもうまくやってきたと思う。


みたいな。
man's man type は嬉しい。でも、I always liked him って、ホントかなぁ。(^^;
サム・スミスの描くマイケルは、それはそれで魅力的だったけど、やっぱりあの本は不公平だと思う。

SSbook1.jpg   SSbook2.jpg

THE JORDAN RULES マイケル・ジョーダン激闘のシーズン (徳間書店)
SECOND COMING マイケル・ジョーダン偉大なる復活 (徳間書店)



posted by まき at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | MJ | 更新情報をチェックする
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