2007年07月03日

毎日シャーロット・オブザーバー

他の記事も読みたいから、早く決まって!(笑)

0702DavidsonDudley.jpg■ドラフトで獲得した2人のお披露目。
FA交渉で多忙なビッカースタッフさんは欠席。

ジャレッド・ダドリー(右)は、ワークアウトで自分への関心を感じなかったため、ボブキャッツから指名されて驚いたそう。父親がウィルミントンの近くに住んでいるので、マイケル・ジョーダンのチームでプレーするのが夢だった。「子供の頃、誰かにマイケル・ジョーダンの下でプレーすることになると言われたら、嘘つきと言っていただろうね。これは夢の実現だ。彼はベストだ。彼はベストを求める。そして、僕も自分にベストを求める」

ジャマレオ・デヴィッドソンもノースカロライナ州近郊の出身らしく、マイケル・ジョーダンのチームでプレーすることについて、「とてもワクワクしている。彼はハードワークしか認めないと知っているし、僕も喜んでそうしたい」

■ウォルター・エルマン&ライアン・ホリンズに2年目のチームオプションを行使。
■制限付きFAのアラン・アンダーソンにオファーを提供。

■マット・キャロル:ボブキャッツ以外にもサンアントニオ、インディアナ、クリーブランドから接触があったことを本人が認めた。(真っ先に連絡してきたトロントはジェイソン・カポノと合意)

■ジェイク・ボスクール:契約をオプトアウトしてFAに。本人は長期契約を探している。フィジカルでハードファウルもいとわないボスクールは貴重な存在だから再契約すべき、とボーネル記者。

■ブレビン・ナイト:自分の契約がバイアウトされたのは経費節減のためではなかった。自分はボブキャッツに残るためにサラリー減額を申し出た、と言っている。「金額が問題なら何とかできたと思う。エージェントを通じてそう伝えた」
契約を無効にして新たにボブキャッツとサインする用意があった。チームを変え、家族を引っ越しさせたくなかったから。
自分はレイモンド・フェルトンが正PGになる邪魔をしなかった、とも付け加えた。
「チームの求めには何でも応じるつもりだった。自分からは何も要求していない」
ナイトは、チームの決定について憤慨するというより当惑していると述べた。自分は、自分の替わりに契約するPGと同じ金額でキープできただろうと。
バーニー・ビッカースタッフは、ナイトをウェイブしたことに関する議論を断ったが、ナイトと再契約することもありうると述べた。「むろん、ゆくゆくは考慮する相手だ。うちにはバックアップのPGが必要だから」
ナイトは、フェルトンのノースカロライナ血統が地元ファンと自分との関係を難しくすると言った。「明らかに、シャーロットのファンがノースカロライナ大学へ寄せる愛情に関係がある。それは僕にもバーニーにも、それからレイモンド本人にも影響を及ぼした。彼には(元ターヒールズとして)偉大になるべきだという大きなプレッシャーがかかっている」
ヒート、クリッパーズ、キャブス、ピストンズから連絡をもらったが、自分がどこでプレーすることになっても家族はしばらくシャーロットに残るだろう、と話す。

フェルトンを贔屓するあまりナイトに手厳しい地元ファン、というのは、シーズン中から何度も問題になっていましたね・・・ビッカースタッフコーチが憤慨するほど。
困ったもんだなぁ。私も、控えPGを探すならもう一度ナイトと契約すればいいじゃん、と思ったんだけど・・・。

IN MY OPINION Scott Fowler

シャレッド・ダドリーは飛べない。
とにかく、あまり高くは。そうする必要があればダンクできるが、ダンクコンテストで優勝することはないだろう。彼はほとんどリムより下でプレーする。ジェラルド・ウォレスとは正反対だ。

しかし、ダドリーを指名したのは賢い選択だった。彼はバスケットボールマニアが高く評価するタイプの選手だ。即戦力で、ファンにも好かれる。

NBAの基準に照らせば、ダドリーは大したアスリートではない。ディビジョン1−Aの大学で奨学金を提供したのは、クレイトン、サンディエゴ州立大、セントメアリーズ、ボストンカレッジだけだった。しかも、ボストンカレッジのオファーは土壇場で欠員が出たためだ。

モンスター級のカレッジ・キャリア(4年生でACCの年間最優秀選手)を過ごしても、まだ同じ疑いは続いている。彼が22位まで残ったのはそのせいだ。

「私たちは、ジャレッドの情熱やエネルギー、労働観(work ethic)、ハッスルプレーなど、チームメイトに良い影響を与える働きを重視した。そのためには少々運動能力に目をつぶっても構わないと考えた」と、サム・ヴィンセントHCは言った。

ダドリーはショーン・メイと似ている。たくましく、オフェンスのスキルに優れ、NBAのポストプレイヤーとしては小柄だ。メイと違ってNCAA優勝歴はないが、カレッジの133試合中、欠場は3試合しかない。

月曜日の記者会見で耐久性について尋ねると、ダドリーは笑って答えた:「あまり高く飛ばないから、誰かの足を踏むことも少ないんだ」

6フィート7インチ、225ポンドのダドリーは、自分の限界を知っている。アスレティックなフォワードを守るのは苦労だ。しかし、バスケットボールIQは非常に高く、プレドラフトキャンプではスリーが撃てることも示した。

ダドリーはサンディエゴでシングルマザーに育てられた。父親のアンソニー・ダドリーはウィルミントン出身で、ジャレッドも時々訪ねたため、ター・ヒールズのファンになった。親類の何人かはマイケル・ジョーダンが通った高校(ウィルミントンのレイニー高校)の同窓生だった。

「ノースカロライナ大学に行きたかった」と、ダドリーは言った。

チャペルヒルから関心を示されなかったあと、ダドリーはUNCを負かすことで満足した。大学での最も誇らしい瞬間は、2006年1月のチャペルヒルでの勝利だという。

運動能力に関しては:「ラリー・バードもマジック・ジョンソンもそれほどアスレティックではなかった。自分がその人たちに近いと言っているわけではないんだ。でも、自分がどういう立場をとるべきか分かっていて、賢くプレーすれば、NBAにたどりつけると言いたい」



posted by まき at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ボブキャッツ07オフ | 更新情報をチェックする
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