2007年07月28日

ターヒールズ物語(2)

とりあえず、もう1回くらい続く予定です。
今さらですが、著者は82年優勝チームの4年生PGジミー・ブラックで、シャーロット・オブザーバーのスポーツコラムニスト、スコット・ファウラー(UNC87年卒業)がインタビューを担当する共同執筆。

●ノースカロライナ大学では毎年、プレシーズンのコンディショニング・プログラムの一環として、40ヤードダッシュのタイムを計測した。ポジションごとに3つのグループに分かれて走り、タイムが遅い順に除かれていって、最後に残った3人は誰だったと思う?
ジェームズ・ウォージー、マイケル・ジョーダン、バズ・ピーターソン。6フィート9、6フィート5、6フィート3の3人だった。
最終結果には驚くと思うよ。トップはウォージーだったんだ。彼は本当に途方もないアスリートだ。2位はバズ、ジョーダンは3位だった。
「あれは素晴らしい思い出さ」と、ピーターソンは言う。「おかげで、私は今でもマイケルに、『ハイスクール・プレイヤー・オブ・ジ・イヤーで君に勝った。1年生の時の40ヤードダッシュでも君を負かした。さらに、水泳ならいつでも君に勝てるぜ』と言うことができるからね」
ビル・ガスリッジコーチも当時のレースを覚えている。そして、翌年の結果がどうなったかも。「マイケルはバズよりずっと速かった。完全に圧倒していたよ。接戦にすらならなかったね」

●私たちはほとんど、マイケル・ジョーダンのことを「マイク」と呼んでいた。しかし、シーズン中盤に、彼の名前はマイクからマイケルに変わった。少なくとも公的には。新聞やテレビのコメンテーターは、彼をマイケル・ジョーダンと呼び始めた。チームメイトにとってはまだ「マイク」のままだったが。
当時の体育広報部長リック・ブリューワーによると:「ジョーダンが入部したとき、選手たちは彼のことをマイクと呼んでいた。だから、シーズン前に発行するメディアガイドには、そのまま掲載したんだ」
「ところが、やがて選手たちの半数はマイケルと呼んでいることを知った。スミスコーチは独特なところがあって、チャーリー・スコットをチャールズと呼ぶ少数派の1人だし、本名の方を好んでいた。なので私は、ジョーダン本人に相談に行ったんだ。体育館のロッカールームへ降りていくと、彼が1人きりでシューズに紐を通していた」
ブリューワーはジョーダンに近づき、名前のことで悩んでいると話した。
「君はマイクとマイケルとどちらがいい?」
「ぼくは別にどっちでも。どちらがいいと思いますか?」
「マイケルの方が響きがいいと思うんだ。舌がなめらかに流れるというかね」
「OK」
あっけなく答えて、ジョーダンは練習に向かった。

TarHeels-02.jpg●シーズン開幕前に発行されたメディアガイドから。
憧れのアスリートは?
ウォルター・デイビス マジック・ジョンソン
好きな映画は?
Weapons of Death スーパーマン スーパーマン2
今まで読んだ中で1番良かった本は?
The Pearl (※スタインベックの『真珠』のことかな)
卒業後の進路希望は?
プロ・バスケットボール

●1982年の決勝戦の重要性は、すぐに私たち全員の記憶に刻まれたわけではなかった。例えば、決勝シュートを決めたジョーダンだが、試合後、数人の記者に対して、あのシュートは自分にとって2番目に重要な決勝シュートだと答えている。
では、最も重要なシュートは?
「クリスマス・トーナメントでハノーバー高校を破った試合の残り7秒のシュート」

●練習後、何人かが体育館に残ってワン・オン・ワンに興じることがあった。ジョーダンとウォージーも何度か対戦している。
「各バスケット1点の5点先取で3回対戦したと思う。マイケルはいつも私とプレーしたがったが、こちらが相手にしなかったからね。3回のうち、私が2勝した。つまり、2勝1敗で私の勝ちというわけだ! それから対戦したことはないから、2勝1敗のままだよ。彼は今でも、私の顔を見るたびにうるさいんだ。まだリベンジしたいんだね」

●マイケルが高校の代表チームからカットされたのは有名な話だが、高校3年の頃のマイケルは、地元ではすごい選手として知られていた。マイケルと同学年のリンウッド・ロビンソンは、州東部の高校に通っていたから、何度か対戦している。
「マイケルがコートにいるときは、5−2で当たったものさ。3年生の時に1度だけ7点に抑えたことがあったけれど、たいてい25点か30点は取られていたな。うちの方が戦力が整っていたから、勝つには勝っていたが。当時から、彼は最強の相手だった。背が高くて、リム周辺に強く、シュートもソフトで上手かったよ。でも、あんなにすごくなるなんて、100万年かかっても分からなかったね」



posted by まき at 20:45| Comment(3) | TrackBack(0) | BOOKS | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こうして改めて振り返ってみるとマイケルって本当に遅咲きだったんですね〜。(もっとも当時から気付いてる人は気付いていたみたいだけど)

高校生から神童、天才と呼ばれたレブロンやカーメロ、コービーとはバックグランドからしてまるで違いますよね。
プロ入りまでの過程で一番ジョーダンに近いのはウェイドかな。彼も高校時代はほとんど無名で、たった3校からしか奨学金の誘いがなかったとか。
Posted by ひで at 2007年07月28日 21:19
面白いですね〜。
エピソードがホームドラマみたいで
ほのぼのします。
ウォージーも相当な負けず嫌いですね(笑)。
Posted by たか at 2007年07月28日 22:48
◎ひでさん
ウェイドってそうだったんですか。へぇぇ〜。
そういう選手がNBAで活躍する方が面白いですよね。
マイケルにしても、おとぎ話みたいな成功物語は欠かせないと思うし♪
あ、そーか、だから私はレブロンやコービーにさほど惹かれないのか…(^^;

◎たかさん
そういえば、ノースカロライナ大学は全米大学一の密接な『ファミリー』らしいので
ホームドラマみたいっていうのはピッタリかも!

Posted by まき at 2007年07月29日 20:03
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