2007年08月03日

He got name

サンタイムズの女性コラムニストによるジェフリーの取材記事です。
マイケルの2度目の復帰を“積極的に”応援してくれたシカゴのコラムニストは、この人だけだったなぁ。

He got name
MJ's oldest son tries to fit in at Illinois
July 29, 2007
By Carol Slezak Chicago sun-times

ジェフ・ジョーダンは普通の大学生活を経験するつもりだった。しかし、最も有名なバスケットボール選手の息子にとっての普通の定義とは?

おそらく大学バスケットボール史上最も有名なウォーク・オンであるジョーダンは、大学生活に慣れるために、2つのサマークラスに出席し、ウェートリフティングに励み、たくさんの実戦練習に参加して、この1ヶ月くらいを過ごした。

彼の評決は? これまでのところ、とても普通。

「だいたい予想した通りなので」と、彼は言った。「授業(スポーツ・ツーリズムと修辞学)は、それほど難しくもなく、楽勝でもないといったところかな。スクリメージは強烈でした」

あなたが予想するように、彼はシャンペーンにあるイリノイ大学のキャンパスで、かなりの注目を集めた。本人がそう言っているのではないので、念のため。情報提供者はチームメイトである。

「クレージーでしたよ」と、サマークラスのルームメイト、クイントン・ワトキンズ(カリフォルニア州コンプトン出身のシューティング・ガード)は言う。「皆が僕に、部屋へ誘ってくれないかと頼むんです。ジェフに『やあ』と言いたいから。彼と知り合いでもない大人がですよ!僕は『OK』と答えて、そのまま放っておくんだけど(笑)」

<チームメイトは理解している>

それが18歳のジョーダン次第なら、彼はありふれたイリノイ大学の学生になるだろう − 「他の皆と何も変わらない学生生活を経験したい」と彼は言う − しかし、外野がそれを許すだろうか? 彼とチームメイトは、メディアの注目や相手ファンの野次がジョーダンに集中することを予想して、どんなシーズンが始まるか話し合った。彼は絶対に、チームの気を散らす存在にはなりたくないのだ。

幸いにも、チームメイトは彼の立場を理解している。彼が注目を求めていないことを知っている。野次といえば、実は彼らもジョーダンをからかうのだが。「おい、親父さんはオレたちにもシューズをくれるかな?」みたいに。

「ジェフは普通だよ」と、ワトキンズは言う。「マイケル・ジョーダンの息子みたいには思えない。普通に僕らと変わらないんだ」

それでも、メディアが、有名な父親が試合に現れるのを待ち構えているだけでなく、彼のことも興味しんしんで観察しているのは動かぬ事実だ。そして、アレーネイ(※チームの愛称。US新聞ドットコムを参照しました)が遠征に出れば、間違いなく馬鹿な野次が飛ぶだろう。それはどんな若者にとっても重荷だ。しかし、ジョーダンは覚悟ができている。

「高校に入ったばかりの頃は、メディアやそういうことへの対応が大変だった。下級生の間は両親やコーチが守ってくれました。でも、3年生、4年生になったら、僕に任されたというか。クラスの友人やチームメイトは普通に接してくれたけど、遠征先ではやられましたね。「お前は親父と違う」とか「過大評価」とか。まあ、つきものですよね。プレッシャーも野次も、しばらくすれば慣れます。自分のプレーに影響させるわけにはいかないし、それをくぐり抜けてプレーするしかない。しばらくすれば何でもなくなって、馬鹿なことを言われたら笑ってやりましたけど」

<両親は決定をサポートした>

ブルース・ウェバーコーチとスタッフは、ジョーダンから注意をそらすためにベストを尽くしているが、出来ることには限界がある。

「その件ではご両親とも話をしたが」と、ウェバーは言う。「彼には出来るだけ普通にさせてやりたい。今まで何度かインタビューを許可したけれども、可能な限り普通の生活を送らせてあげたいんだ。本当の大学1年生の生活をね。もちろん、お父さんの存在があるから、完全にそうするのは難しいことだが。サマーキャンプの間でさえ、学生たちは『ジェフ・ジョーダンはどこ?』と知りたがった。これからシーズンに向けて、私たちはますます、彼のセレブリティとしての状況に対処しなければならないだろう」

たぶん、ジョーダンがミッドメジャー(ロヨラ、イリノイ大シカゴ、バルパライソなど)の奨学金を受け入れていたら、イリノイのようなトップレベルのプログラムを選んだ場合より、注目度は低かっただろう。しかし、ジョーダンは大きな大学に通いたかったのだ。イリノイ大学は他の理由にも当てはまった。

「キャンパスを訪れたとき、落ち着ける感じがしたんです。コーチ陣や先輩たちのことも好きだし、体験訪問は順調でした。バスケ部の先輩たちは僕の名字にもクールだったし。それと、僕は家に近い大学を希望していました。ただし、あまり近すぎないところで。バスケットボールが僕の人生の一部でなかったとしても、イリノイ大学は正しい選択だったと思います」

両親は息子の決定を応援した。

「母は絶対、学業の方を気にしていました。彼女はバスケットボールに関心がないんです。父は、イリノイ大学を選んだことに賛成してくれました。僕がどこへ進学しても、それから、バスケットボールをしてもしなくても、お前をサポートするし応援する、と言ってくれました。ノースカロライナに行かせたかったのかもしれないけど、デューク以外なら、どこでも喜んでくれたと思います」

ノースカロライナへの進学は興味をかき立てるが、かなり厄介だったろう。

「低学年の頃はノースカロライナへの進学も考えました。でも、今よりプレッシャーがひどくなるだろうと気がついたんです。きっと、僕が希望するより大きな重荷だろうと」

<父親似の負けず嫌い>

弟のマーカスは、兄が自分の高校と同じブルーとオレンジのユニフォームの大学を選んで単純に喜んでいる。「マーカスは何かギアをもらおうと企んでいるんだ」と、笑いながら彼は言った。

ジョーダンのキャリアがどう進展するか予測するのは尚早だ。かろうじて6−1の身長は、ディビジョンTには小さいと考えられているが、彼の両手ダンクは父親の跳躍力を受け継いでいる証明だ。そして、無形の長所も高く評価されている。

「お父さんとよく似た負けず嫌いな子だよ」と、ウェバーは言う。「私が感心したのは集中力だ。それから、運動能力と才能。その組み合わせが、彼に成功するチャンスを与えるだろう。私たちが最も素晴らしいと思ったのは、非常に自制心が強く、手がかからないところだね。自分のことは自分でするし、本当に誠実で、素晴らしい労働倫理を持っている。父親がとんでもない有名人だから、子供たちももっと違う人間に育つ可能性があっただろう。でも、彼は実にしっかりした若者だ」

彼は、自分が常に父親と比較される現実を受け入れたように見える。他に選択肢があるだろうか? イリノイ大のチームメイトさえ、マイケル・ジョーダンの息子であるのはどんなふうか、質問せずにはいられないのだ。

「史上最高のバスケットボール選手を父親に持つのはどんな感じか、ちょっと考えてみてよ」と、ワトキンズは言う。「それは僕たち全員が夢に見る夢だ。もちろん、彼にもそのことを尋ねたよ」

そして、彼の答えは?

「彼が父親なのはもちろん素晴らしいけれど、期待に応えるのは難しい、だった」




posted by まき at 20:34| Comment(2) | TrackBack(0) | ファミリー | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
二人ともバスケ選んだ事、よかったと思います。
確かに偉大すぎる父を持ち、マスメディアに追っかけられ たいへんかと・・・・!
しかし、バスケはすばらしいスポーツです。きっと得るものも多いはずです。(一応 経験6年)

二人とも がんばれ!

ところで、長女もいましたよね?
Posted by 埼玉のジョーダン at 2007年08月04日 00:08
子供の頃はアメフトもやっていたと思うんですけど、結局2人ともバスケ一本になったのは、やはり血筋なんでしょうか。

末娘のジャスミンは今年高校生なのかな?(たぶん)
兄2人が初めてマスコミの取材に答えたのは、高校の代表チーム入りしてからなので、ジャスミンさんが表に出るのはもう少し先かもしれません。スポーツをやっているかどうかも分かりませんが…一応、サッカーをしているという噂は見たことがあります。
近影はこちらでどうぞ。

http://his-airness.seesaa.net/article/31407223.html
Posted by まき at 2007年08月04日 20:35
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