2007年08月29日

TIP-OFF (10)

今さらですが、参考文献から拾った当時のコメントなのか、執筆のためのインタビューで語られたことなのか判然としない箇所がいくつかあったんですけど、どうやら現在のコメントらしいので、今までの分も何箇所か大人言葉に変更しました。英語は「おら」も「ぼく」も「わたくし」も全部「I」なんだもんなー。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第2章:Decision Time - 4


人生は過ぎていく。パーキンスの上に。ジョーダンの上に。ディーン・スミスの上に。決断の時が迫る。ジョーダンはあと数週間のうちに、プロへ転向し大学での最終学年を断念するかどうか決めなければならない。本人から相談を受けたジェームズ・ウォージーは、思い切ってやってみるようにアドバイスした。それでも、彼はためらっていた。向こう側では富が待っているが、それほど単純な問題ではない。チャンピオンとして去る望みも、今ここで大学をやめればかなわない。さらに、彼はなじんだ環境や日常に執着した。4年生がチームメイトに送る伝統のスピーチをするチャンスを失うのが1番残念だ、とコーチに打ち明けたりもした。彼は悩んでいた。

ジョーダンはまだ21歳で、人生の変化に少し不器用だった。学生寮での生活を楽しみ、注目の的でいることを愛していた。ほとんど毎日ビリヤードで遊び、ビデオゲームを楽しんだ。誰とも真剣にならないまま、複数のガールフレンドと付き合っていた。授業では平均Bを続け、いつか大学教授になる希望さえ語っていた。自制心を失うことに用心深く、アルコールはあまり飲まなかった。バスケットボールコートで自らの考えや動きを支配したように、いつも自分の心身を完全にコントロールしていたがった。映画に行ったりテレビを見るときは、なるべく、あまり怖くないものを選んだ。インディ・ジョーンズと同じくらいヘビが大嫌いだった。カーマイケル・ジムやウリン・ジム(1965年からのノースカロライナ大学のホーム)でシュート練習に励んだ。

ジョーダンは、あらゆる種類のゲームを追い求めた。競争は彼の唯一大きな悪癖であり続ける。毎日の練習をまるでNCAAトーナメントの試合であるかのように受け止め、ドリルやスクリメージの後で、自分がチームメイトの誰の上から何回ダンクしたか、正確に黒板に書き記した。「バスケットボールコートで、彼は自分の意欲を全員に強要するんだ」と、ケニー・スミスは言う。誰かと戦っている時こそ、ジョーダンは本当に生き生きした。遊び半分なトラッシュ・トークの回転を上げ、すべてのエネルギーを目前の課題に注ぐのだった。ジミー・ブラックやケニー・スミスやバズ・ピーターソンのようにジョーダンと親しいチームメイトは、そういう彼の側面を知っていた。うんざりするまでは可愛げがあるものなのだったが。しかし、そんなゲームを永久に続ける辛抱強さは誰も持っていない。唯一人、ジョーダンを除いて。

彼の1番新しい情熱はゴルフであり、新たな欲求を駆り立てられているように見えた。デイビス・ラブは、ジョーダンの背が高すぎるせいで、あまり上達しないだろう、とディーン・スミスに打ち明けている。「あの身長だと、スイングが狂いやすいから」と、ラブは言った。しかし、それがジョーダンを阻止することはなかった。そして彼は、差し迫ったプロ入りの決断を熟考するために、しばしばゴルフでの外出を利用した。ジョーダンは、友人にもチームメイトにもルームメイトのバズ・ピーターソンにも、自分がNBA入りしそうだと認めないだろう−−と言うより、認めることができなかった。ジョーダンの心情では、そのような行動は裏切りに近かったのだ。


posted by まき at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | TIP-OFF | 更新情報をチェックする
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