2007年09月21日

TIP-OFF (17)

ピペンがフィンランドで2試合プレーする契約交渉中だそうです。(Go New York Go!
ロドマンはあちこちでゲスト出場してきたけど、今度はピペン。やっぱりプレーしたいってことなんですかね〜。6桁にならないギャラが目当てとは思えないし。

TIP-OFF : Filip Bondy(著) Published by Da Capo Press
第7章:Trial by Knight - 4


選考会でバークリーのルームメイトになったのは、ナイトと候補選手たちの緩衝役と目されたインディアナ大学のスティーブ・アルフォードである。まだ19歳のアルフォードは、バークリーが何かクレイジーなことをするたびに、あるいは、どこかの企業のスポークスマンになるという脇道に興味を示すたびに、信じられないといった様子で頭を振った。
「ナイトコーチも私も彼が大好きだった」と、アルフォードは言う。「彼はオフェンスの動かし方を知っていた。サイズはなかったが、クイックネスとジャンパーがあったし。チャールズは素晴らしい人間だったよ。彼にとって、五輪代表に選ばれることが広告契約の獲得と同じくらい重要だったかどうかは知らないが」
「彼のスタートは誰よりも好調だった。みんな、彼のことをクレイジーだと思っていたが、それも彼の輝きの一部なんだ。本当に彼はマイケルよりも目立っていた」

バークリーとナイトの関係について、アルフォードの見解は周囲と異なっている。他の選手たちは、2人が素晴らしい愛情で結ばれているというより、もっとネガティブな関係に感じていた。バークリーはサム・パーキンスと違い、大人しくコーチに怒鳴られたり、黙ってルールを受け入れたりしない。ナイトが練習に遅れて来たとき、バークリーはダブル・スタンダードがあることを指摘せずにおかなかった。
バークリーは個性でもプレーでも目立っていた。選考会が進むうちに彼の自信もどんどん増し、ナイトが自分の壮大な計画を邪魔するのではないかという心配は消えて、公の場でも奔放になった。
「本当のところ、俺はそんなにたくさん食べるわけじゃない」と、ワシントン・ポストのインタビューでは語っている。「ただ、多少食べ続ける傾向がある。そこを何とかできたら、ヘラクレスみたいになれるんだけどな」
彼は新しい仲間たちの前で悪党ぶるのが好きだった。自分が太っていると思われれば、その理由を証明してやった。寮の各部屋には、毎晩1人1枚の割り当てで2枚のピザが届けられたが、「私は一切れでも食べられたらラッキーだったよ」と、アルフォードは笑う。

最初のカットは、5日間のワークアウトが済んだ4月21日。72名の選手は32名に選り抜かれ、選考委員長のデイブ・ギャビットがアルファベット順に名前を読み上げた。「名声や新聞の切り抜きで選んだ選手は1人もいない」。ウィスコンシン・スティーブンス・ポイントという小さな大学から来た6フィート2インチのテリー・ポーターは、水疱瘡で2日間練習を休んだが、それでも選考に残った。学業不適格でセント・ジョンズ大に進学できず、短大でプレーしていたウォルター・ベリーを除けば、ディビジョンT以外の大学から招待された選手はポーターだけだった。
ちょうどモンタナ大学のラリー・クリストコビアックが水疱瘡にかかったため、週末のスクリメージに32名の選手が必要だったナイトは、バージニア工科大学のデル・カリーをリストに復帰させた。次のラウンドには4人のセンターが生き残っている:ユーイング、サザーン・メソジスト大学(SMU)のジョン・コンカック、ミシガン大学のティム・マコーミック、アーカンソー大学のジョー・クライン。ほとんど無名だったのは、セント・ジョセフ大学のモーリス・マーティンとゴンザガ大学のジョン・ストックトン。カール・マローンもバークリーやパーキンスと一緒に最初のカットを通過した。シラキュース大学のパール・ワシントンやサンディエゴ州立大のマイケル・ケイジ、ビラノバ大学のエド・ピンクニー、ジョージア工科大のマーク・プライスは選にもれた。

ストックトンは以前、ソルトレーク・トリビューンのインタビューで、初めてマローンを知ったのがこの選考会だったと語っている。小さな大学からやって来た見込みの薄い者同士、2人で一緒にランチを楽しんだという。「友好的な関係というのは少なかった。別に、お互いを値踏みしたり、にらみ合っていたわけではないけれど。とても静かな関係だったんだ。そういう場所で、僕たちは親しくテーブルを囲んだよ」
ストックトンも他のアスリートと同様に、トライアウトの目的が五輪代表に選ばれることだけでなく、ドラフト順位を上げる絶好のチャンスだと自覚していた。選手たちは、常にナイトの本心を探ろうとした。どうすれば、アーカンソー大学のエディ・サットンが「ボビータイプ」と名付けた選手になれるのか、正確に理解しようと試みた。カットのたびに、ナイトは短いスピーチをする。それは、名簿に名前が見当たらない選手たちの痛みを和らげるはずだった。「このチームに選ばれなかったことは、君たちの未来に何も影響しない。君たちの未来を築くのは君たち自身なのだ」
誰も頷かなかった。選手たちは、ここで32名のラウンドを勝ち抜くことが、ドラフト1巡目指名を確実にする早道だと知っていたのだ。「名前がRまで来ると、僕の心臓は止まった」と、ストックトンは述懐している。「そのあと、自分の名前を耳にしたら、止まっていた時間を補うために脈が一気に速くなったよ」


posted by まき at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | TIP-OFF | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。