2005年08月20日

Sports Illustrated(1)

99年の引退会見直後、他では見られないグラビア目当てにスポーツ・イラストレーテッドの引退特別号を買いました。
私は中1の2学期くらいから出来る限り英語を避けて通ってきた人間なので、読もうなんて大それたことは考えていなかったけど(笑)、だんだん眺めるだけではもったいなくなり、再々引退後に少しずつ解読を始めたんです。
・・・まったく、翻訳より解読という感じ。(^_^;
でも、過去のスポイラから厳選された記事ばかりなので、さすがに面白くて、日本語にするのも楽しかった。
自分のために訳したものですが、順々に載せてみようと思います。でも、ホント英語は苦手なので、自分の訳が合っているか間違っているか自己判断できないことをご了解ください。


Sports Illustrated PRESENTS
MICHAEL JORDAN A TRIBUTE

――A tribute to Michael Jordan, including the best stories from the archives of SPORTS ILLUSTRATED

INTRODUCTION
【A MAN FOR HIS TIME】

それは、人種、文化、国籍を超えたメディア受けの良いスーパースターの出現に絶好のタイミングだった -- そして、マイケル・ジョーダンはその役割にうってつけだった。

BY FRANK DEFORD

我々がその意義を誇張している可能性は認めても、最も忘れがたいアスリートたちがそれぞれの時代を映しているのはめずらしいことではない。間違いなく、ベーブは狂騒の1920年代と共にあった。ちょうど、ジャッキー・ロビンソンが第二次世界大戦後の大きな社会の前進を完璧に体現し、アリとビリー・ジーンが彼らの時代の混乱を象徴しているように。同じく、マイケル・ジョーダンはただバスケットボール選手として非凡なだけではない。彼はまた、現代の我々にとって適切で、うってつけのアスリートだった。この、アメリカ合衆国が唯一の超大国であるだけでなく、文化的にも世界を支配する、比較的平穏な、すっかり豊かになった世紀末にとって。

すでにジョーダンは、アスリートであるのと同じほどカルチャー的な象徴ではないか? 例えば数年前、中国の学生たちによる「世界で最も偉大な人物」の投票で、彼は周恩来と同順位だった。今日では、背が高く、肌が黒く、頭を剃った青年が、地球上で最も知られた顔になったことも無邪気に受け入れられる。ダイアナ妃の死去に伴い、ノースカロライナ州ウィルミントン出身のマイケル・ジェフリー・ジョーダンは、確実にあちこちで見聞きする存在、人間ハードロックカフェTシャツ、世界一の有名人になった。

けれども、もしジョーダンがプレーしたアメリカンスポーツ(わずか100年の歴史の)が、彼の登場したまさにその時期に、アメリカ国内のフットボールや野球、他国のサッカーに挑むほど台頭していなければ、彼の世界的な名声は -- そして個人的な資産も -- 得られたはずがないことは教訓的である。ジョーダンが現代の他の誰かに最も似ているとしたら、それは恐らく、ほんの昔には存在さえしなかったビジネスと企業体としての富で世界のトップに登り詰めたビル・ゲイツであろう。

このような名声は批判も呼んだ。いまだに、ジム・ブラウンやしつこい反ナイキ狂信者のような人々から彼に向けられる非難の大半が、アスリートとしてや個人にではなく、ビジネスマンとしてのジョーダンに関係するのは、好況時代 -- マイケル・ジョーダン時代 -- ゆえである。このジョーダンは、あまりにも貪欲で、社会的責任に欠ける巨大複合企業だと彼らは言う。ジョーダンはなぜ、クリスマスの七面鳥を配るなりして、もっとスラム街で時間を過ごさないのか? 奇妙にも、今までにラリー・バードがアパラチアで援助活動をして休日を過ごさなかったと厳しく批判した人間は1人もいない。

何と速く時代は変化することか!あるいは、マイケル・ジョーダンはどれほど大きくそれを変えたことか。ブラック・アスリートについてのあらゆるプロフィールが、彼らが白人の仲間たちのように広告契約を引き付けられない理由を強調したのは、それほど遠い昔ではない。もう1人の有名なアスリートのマイク、ミスター・タイソンが今なお、自分のコマーシャル性を嘆く -- 「俺だって靴をはかずに走り回っちゃいない」-- とき、ニューヨーカー誌のヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアはズバリ言う。「マイケル・ジョーダンは史上最高の宣伝マンになった」ジョーダンが愚かな白人に、自分のことを一種の漫画キャラクターとして通させたという非難は皮肉だ。ジョーダンが少しでもディズニーと共鳴するとしたら、それは彼が漫画だからではなく、むしろ家庭向けエンターテイメントの帝国だからである。

すべては全く驚くべきことであり、すべては90年代に起こった。また、その多くは人種を超えた。ジョーダンは他のほんの少数の人目につく黒人、明らかに有色人種と見なされていないコリン・パウエル、ビル・コスビー、バーノン・ジョーダンのようになった。まあ、少なくとも白人以外にとって彼らは有色人種ではない。誰もそれを認めないけれど、「おお、何てこと、マイケル・ジョーダンのいないNBAはいったいどうすればいいのだろう?」の言外の意味は、本当のところ「こんなにも素晴らしく魅力的な黒人選手がいないNBAはいったいどうすればいいのだろう?」なのだ。

コート上のジョーダンは信じられないほど素晴らしかったけれど、彼の人気はその魅力的なぺルソナと大いに関係がある。まず、彼の服装を考えよう。私服の彼はいつも見事なスーツで現れる。完璧に揃ったネクタイを結んで。(ああ、1度でいいから、スーツとネクタイ姿で、おまけに髪も剃った、かっこいい映画スターを見られたらなぁ)しかも、この全く流行遅れな服装に、ジョーダンは片耳のイヤリングをつけているのだ。彼はまた、それをうまくやってのける! 他の誰かがスーツを着てネクタイを結んでイヤリングをしたら、それはまるでタキシードに雨靴を履くようなものだ。しかし、ジョーダンがやると、それが正統派になる。スタイリッシュな紳士に。

上品なジョーダンのモードが流行らなかったのは残念だ。他のアスリートたちは、起訴された時にだけ正装する。もっとも、知っての通り、ジョーダンについての最大のパラドックスとは、その身に備わった威厳にもかかわらず、彼には大きな影響力や繁殖力がないということだ。ジョーダンはただ、彼の時代に、自分だけで、個人として、壮観なのだ。最も良い比較としてはベーブ・ルースがいる。ベーブは野球を救っただけでなく、競技そのものを変えた。それはジョーダンの欠陥ではないけれど、彼はバスケットボールのためにどちらもしなかった。

実際、彼が新たな頂きに登るずっと以前、黒人のバスケットボールはすでに空中浮遊の演劇として受け取られていた。なぜ、23番が生まれてもいない頃、プレーグラウンドの伝説、ジャンピン・ジャッキー・ジョンソンが「バックボードのてっぺんの25セント玉を取ってくる」と言われていたか。その後、シルクン・エルジン・ベイラーは -- ショービジネスとスポーツの世界で「スーパースター」と見なされた最初のエンターティナーだった -- NBAに同じ能力(あるいはそれ以上の)をもたらした:やがてジョーダンも加わるバスケットボールの印象派のマネだったのは、ベイラーである。

このどれも、ジョーダンをおとしめるものではない。たとえ最初に現われなかったとしても、彼はすべてを高めた。ジャンプというものを考えてみても、それ自体はほんの少しもセクシーではない。オリンピックの走り高跳びの金メダリストの名前を言ってみたまえ。走り高跳びのどの選手の名前でも。しかし、ジョーダンのジャンプは芸術にも等しい光学上の幻影である。

それでも彼が本当のオリジナルでないように、どんな遺産もそこにはないだろう。実際、アンドレ・アガシの「イメージがすべてだ」は別にして、ジョーダンの「マイクのように」は最高のコマーシャル呪文に違いない。誰もマイクのようではあり得ないだけでなく、むしろ彼を模倣する不可能な試みがスポーツを損ねたからだ。バードとマジック・ジョンソンはNBAを救っただけでなく、我々により良いゲームを、チームの理想に焦点が置かれたゲームをもたらした。ジョーダンにフェアな称賛を認めよう。彼はそのためにはあまりにも優れていた -- 「神がマイケル・ジョーダンの姿をしていた」周知のようにバードは彼をそう呼んだ -- が、彼の後を追いかけた偽もののジョーダンたちは、イミテーションが俗悪の極みであることを証明しただけだった。

脇役たちが、彼のゲームの類似品を作るのは難しいことを発見するなら、ミスター・ジョーダンの雰囲気をまねようとするのは、さらに印象的な課題だ。自分たちは不機嫌で不作法でもいいと思っている、なりたがりセレブの世界で、ジョーダンには際立つ品位があった。彼が誇示した競争心は -- 自分のおばあちゃんとガラクタを賭けてでも勝とうとする厄介な -- プレーのフィールドには不可欠なものだ。ギャンブルに対する過剰な好みも、多くの人にとっては彼をいっそう人間的にするだけだった。これは、結局のところ、どういうわけかハゲをハンサムの一項目にした男、ヘアスタイルの流行に影響を与えたドロシー・ハミル以来最初のアスリートなのである。

さらに、我々は彼の野球での相対的な失敗をも愛した。実際、あれが成功していたら、少しやり過ぎだったろう。結局のところ、ジョーダンの人気の大きな部分は、バスケットボールから離れた彼が非常に安定して見えるということだ。しっかりした中流家庭のしつけ、早い時期の失望 -- 今ではもうジョーダンの聖典に上げられている高校の代表チームに入れなかったエピソード -- を克服したこと、賢明で高徳なディーン・スミスの下でプレーを学び、成功を見い出し、チームを率いて、多くの「リング」(我々がチャンピオンシップを呼ぶために使う言葉)を勝ち取り、子煩悩な父親になって、都合の良いティータイムに恵まれ、など、など、など。

我々はまた、良き息子として父親に捧げた確かな深い愛情に感じ入る。そして、そのむごい死に際してのジョーダンの悲痛は、夫として自分の若い家庭のためにプライバシーを築こうとする苦心と一致する。彼の妻の名前を知っていますか? 彼女の姿は? 2人には何人の子供がいる? バーバラ・ウォルターズは何回、彼のリビングルームに入ろうとした? 確かにジョーダンは模範ではないが -- すでにゴルフで十分に! -- 我々は彼に対する膨大な要求を想像できる。そして我々は、彼がそのような生活をとても優雅に過ごしていることに驚く。我々がヒーローを強く求めるときに、ジョーダンが全く人間であると理解することは差し支えない。

けれども、彼にとってステージを去る時が来た。そう、ビル・ブラッドリーは、アスリートにはキャリアを最後まで全うする義務があると書いた。恐らくそれは多くのアスリートにとって、最高のアスリートにとっても真実であるべきだろう。だが、ジョーダンは特別なケースだ。我々の時代のアスリート。とにかく、輝きを失った彼を見るのは、時には年齢が彼に追いつくところを見るだけでも、我々すべてがどれほど脆く、どれほど束の間の存在であるかということの、完璧さというものがどれほど捉えがたく、どれほど短命かということの残酷な暗示であるだろう。彼の威光、ユタ・ジャズと対戦した1998ファイナルの最後の数分の非の打ちどころがない神々しさにもかかわらず、我々はその年のプレーオフで秋の最初の落葉を目にした。それ以上は…。

それは古い質問のようだ。我々は天国でどのように見えるのか? 80歳で死んだときのまま、しわだらけに見えるのか、それとも若々しい最高の姿に戻ることを選べるのか? 地球上に天国があるなら、そこには確かに、力の絶頂にあって苦もなく全員を打ち負かすジョーダンの光景が含まれるからだ。社会にとって、ジャンプに苦しみ、フェイダウェイにもがく彼の姿を覚えていなければならないことに何の意味もない。

さらに、今までにどの俳優が、マイケル・ジョーダンがソルトレークシティーで自分のために書いたもの以上の退場をしただろう?

非常に驚くべきことは、ジョーダンが我々の興奮したイマジネーションのメリットなどなしに、ある神話を達成したということだ。彼が行ったことは、すべてテープに撮られ、あらゆる角度から眺められ、再検討された。そのどれも、少しも夢を見たり誇張されたりしなかった。映画は特殊効果に頼り、政治家は情報操作に頼る。マイケル・ジョーダンは新千年祭、我々の最初の文字どおりの伝説である。また、その多くはあまりにも美しかった。何にもまして。彼はある意味でスポーツを芸術にした。我々が実際には目にしたことがない、賛美したことがない、全くそう、古代ギリシア人がアンフォラの飾りにまずアスリートを選んだとき以来。

結局、それはバスケットボールですらなかった。それは美だった。それは全く美の行為だった。


posted by まき at 22:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 99SI | 更新情報をチェックする
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