2005年10月28日

60 Minutes(完)

まず、10月20日の記事には誤訳がありました。すみません。
当時の記事は発言を端折っていたので解りにくかったんです〜。これはどういうこと?と思っていた箇所が、後の記事を読んだらスッキリ!みたいな。
こりずにまた訳しましたが、今回も怪しい部分はありますかね…直訳すると変、と思う部分は意訳にしたということで。正確に、細かいニュアンスまで理解できるようになりたいもんです。

ジェンキンス氏の放送を見た限り、"60 Minutes"は映像をバックにナレーションが入り、ところどころに本人や関係者のインタビューが挿入される形でした。
MJのもそういう構成だと思います。(30日はチャールズ英皇太子らしいですね)

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マイケル・ジョーダンは世界で最も有名な人間の1人であり、プロスポーツ史上最も支配的な、才能に恵まれたアスリートの1人である。

しかし、最高に競争心が強いと呼ばれた男は、もうプレーすべきゲームも勝ち取るべきチャンピオンシップもない今、どのように生き、また、どのように戦うのか? それが、『Driven from Within』でジョーダンが答えようとする問題だ。

2年半前にスポットライトを後にしてから、初めてのメジャーなTVインタビューで、彼は率直に -- 時には痛々しいほど -- 愛するゲームについて、自分が築いたビジネス帝国について、父親の殺害事件、ギャンブルの問題、より静かで、よりプライベートな暮らしへの願いについて、エド・ブラッドリーを相手に語った。

「引退した今、あなたは自分の人生を取り戻そうとしているという話を耳にしました。誰から取り戻そうというのですか?」ブラッドリーは尋ねる。

「公衆からです、もちろん。何年もの間、気がつけば私は、人々のために行動したり、譲歩しようとしてきました。人前に出れば、ファンが近づいてきて、触れたがり、挨拶をしたがり、サインを欲しがる。でも、これは私の時間だということを理解してほしいのです。これはあなた方の時間ではない。これは今、私の時間なのです」

およそ20年間、マイケル・ジョーダンは、シカゴ・ブルズを6度の優勝へ導く彼をサイドラインの外側から見守る数百万人のファンのものだった。彼は最高のスポーツアイコン、本当に重力に逆らった、最も有名なアスリートの1人になった。

時には、マイケル・ジョーダンはまるでコートを飛ぶことができるかのように見えた。「本当はみんな飛べるのだと思うよ。地面を離れたら、飛んでいるということだから。たまに何人かが他の人より長く飛べるだけでね」とジョーダンは言う。

現在もジョーダンは、以前より低い高度でだが、まだ飛んでいる。60 Minutesは最近、ラスベガスで毎年開催されるMichael Jordan Senior Flight Schoolで彼をつかまえた。それは4日間のトレーニングキャンプ、ゲームを愛する中年男性たちが1万5000ドルを支払って、丸ごとのマイケル・ジョーダンを経験するところ:彼とプレーし、彼にファウルされ、ののしられるために。

「彼はコートでどんなことを言います?」ブラッドリーは1人の参加者に尋ねた。「まるで息子の相手をしているみたいだ、とか。このちび、とかね」と参加者は答えた。「“ネズ公”とか、相手をへこますようなことを言いますよ」

ほとんど週末にプレーするだけの男たちを相手のこのような競争で、ジョーダンが汗をかき、激しくプレーし、ショーツを引っ張り、トラッシュトークをすることには驚く。

彼はまた、自分がNBAで非常に上手くやってのけたことを -- 審判に見つからずにルールを曲げる -- グループに教えている。

男性たちには、バスケットボールだけでなく人生に関しても、マイケル・ジョーダンの知恵を盗む機会がある。

「マイケル、私にはゲームが大好きな9歳の息子がいるんだ。彼は失敗や敗北感をひどく嫌うのだが」と、ある参加者が言う。

「親として、シュートをミスしても私はお前を愛しているよ、と、できるだけシンプルに子供たちに示さないとね。そのことについては、私の方があなたより難しい立場にいる。私の長男は、自分がネクスト・マイケル・ジョーダンでなければならないと思っているから。そう生まれついただけで。その考えから息子を自由にしてやりたくて、妻と私は『ただ楽しみなさい』と、何度も言い聞かせているんだ。マイケル・ジョーダンは1人しかいないのだから」

今、それを信じるのは難しいかもしれないが、マイケル・ジョーダンはチャンピオンには縁がなさそうな子供だった。彼は3年生になるまで高校の代表チームに入れなかった。 家族の誰も自分がものになることを期待していなかった、とジョーダンは言う。そして、それが彼の決意に火をつけた。

その著書で、ジョーダンは自分の姿勢や競争意欲が、兄弟の中で1番成功しそうにない自分も成功できることを両親に証明しなければならない、と思ったところからもたらされたのだと書いている。

「そう感じていたんだ。私はあまり仕事を重視するタイプの人間ではなかった。プレーヤーだった。スポーツをするのが大好きで。そして、私がプロのアスリートになるなんて、家族の誰も夢にも思っていなかった」とジョーダンは言う。そして、彼自身も自分がプロになるとは思っていなかった。

すべては、ジョーダンがノースカロライナ大学のやせっぽちの1年生だった1982年に変わった。彼はゲームの終了直前に、NCAA優勝を勝ち取るシュートを成功させたのだ。

「それがマイケル・ジョーダンを有名にした。母や父が言うように、それはマイク・ジョーダンをマイケル・ジョーダンに変えたんだ」とジョーダンは言う。

マイケル・ジョーダンはただの名前ではなくなった。彼はその顔で、ソフトドリンクからスニーカー、ファーストフードからアンダーウェアまで売る有名ブランドになった。今の彼はもうバスケットボールをしていないが、スポンサー契約は1年あたり約3500万ドルになる。

何年かにわたって、彼は『Driven from Within』(CBSの関連会社サイモン&シュスターから10月24日発売)を含む4冊の本を書いた。

ジョーダンはまた、年商5億ドルのナイキの子会社、ジョーダン・ブランドを監督している。それは、アクセサリー、総合衣料、そしてもちろん、スニーカーを包括する。ジョーダンはあらゆることの最終決定権を持ち、デザインチームとのミーティングでも細部まで関わる。

ジョーダンは、自分の名前をただ会社に貸すことはしないと言う。「おお、ノー、ノー・・・私はコントロールするのが好きなんです。自分が関わることをコントロールするのが」

彼は自分を有名にしたシカゴから企業帝国を運営している。

ブラッドリーは、バスケットボールを始めた頃に5億ドルの会社を経営する日を想像したかどうか尋ねた。

「いや、まったく考えたことはない。私が考えていたことといえば、自分が得意なことをして、たくさんのチャンスが開かれ、そこで目標を選べたらと、それだけだった」

ジョーダンは、1週間のうちオフィスで2日過ごし、折に触れてチャリティ・イベントやナイキ本社のミーティングに出かける。だが、彼の時間のかなりの部分は、バスケットボールに代わる性能試験場になったゴルフコースで費やされる。

ハンディキャップは4まで下げた。そして、しばしば日の出から日没まで、1日に54ホールもプレーし、ゴルフのとりこになっていると言う。

「私のような競争中毒にとって、ゴルフは素晴らしい解答なんだ。何かを達成したと思うと、いつも出鼻をくじかれるからね。ゴルフはバスケットボールへの競争心と大きなエネルギーを引き継いでくれた」

NBAでのスターダムの絶頂に、マイケル・ジョーダンは自分が征服したゲームから自分を征服したゲームへと歩み去る。

1993年に彼はバスケットボールから引退し、シカゴ・ホワイトソックスで野球に手を出した。マイナーリーグの1シーズンで、114三振、11エラーを記録する。ほとんどの人は、それを失敗だと思うだろう。しかし、ジョーダンにとって、それはチャレンジだった。

彼は野球の経験を失敗だと思っていない。

「しかし、人々は成績を見て、『ほら、お前は水準にも達することができなかった』と言うでしょう」とブラッドリーは言う。

「その水準は人々の認識であって。私は自分にベイブ・ルースやバリー・ボンズのようになることを求めていなかった。ただゲームを理解して、プレーして、楽しんで、自分の技術がそのレベルで競えるかどうか確かめようとしていただけなんだ」とジョーダンは答える。

彼の最新の試験場はオートバイレースだ:チームのスポンサーになり、最大時速150マイルでトラックを疾走して楽しむ。危険なことではあるが、ジョーダンはその競技の感情の沸き上がりを楽しむと言う。

今すぐにもすべてが終わるかもしれないことを知って、ジョーダンはぎりぎりの人生を生きるように見える。1993年に、彼の父親、最初のコーチにして最も近い親友、ジェームズ・ジョーダンは、ノースカロライナで強盗に殺害された。

「それを考えると物事は -- 不幸にも、私の父の死は他人の手によってもたらされた。本質的に、それと折り合いをつけるのはひどく難しい。誰かを殺せるという、まさにその概念と。でも、私は父と30年間一緒に過ごし、その30年間で父からたくさんのことを教わった。どれほどの子供にその機会があるだろう? 今日の社会では、両親と長い時間を一緒に過ごし、そういう影響を受けられる子供は本当に少ない」とジョーダンは言う。

ジョーダンは、母親のデロリスと亡くなった父親が自分の最高のロールモデル -- 勤勉で、寛大で、しっかりした -- だったと言う。ファンは有名なアスリートを当てにするより、すぐ身近な家庭からインスピレーションを求めるべきだと彼は言う。

「私たち有名人は、影響を与えたり、模範を示すことができる。しかし、それを実践するのは、より身近で、子供たち1人1人を毎日見守ることができる人間でなければ」

彼のことを、モハメド・アリやアーサー・アッシュ、ジャッキー・ロビンソンのように政治的、社会的問題について積極的に発言しない、と批判する人々には何を言う?

「あらゆることを行い、万人を満足させようとするのは、重すぎる務めだ。私の仕事は、全力を尽くしてバスケットボールをプレーし、それを見たいと思ってくれる人々にエンターテイメントを提供することだった。むろん、人々はそれに同感してくれないかもしれないが、やはり私には、私が何をすべきだとかすべきでないという人々全員の気持ちを受け入れることはできない」

さもなければクリーンなジョーダンのイメージに残る1つの汚点が、過剰なギャンブルの問題があるという疑惑だった。NBAは1993年に2度の取り調べを行った後、彼への疑いを晴らした。しかし今日、ジョーダンは自分が賭博台で何度か無謀な賭けをしたことを認める。

「そう、私はそこから引き下がることのない状況に自分を陥れ、度を越した。中毒かって? そうだね、それは見方によると思う。もし自分の生活や家族を危険にさらしても構わないと思うなら、それは中毒だ」

「あなたは構わないと思った?」とブラッドリーは問う。

「いや」とジョーダンは答える。

息子にはギャンブルの問題はない、競争好きな問題がある、と、かつてジョーダンの父親は言った。

「私は勝ちたい。危うい状況でも勝ちたいと思う」とジョーダンは言う。「それが時々、たぶん一歩引くべきだと自分でも分かっている段階を越えさせるんだ。時々、私はそのラインを考えない。ただそれを踏み越える。しかし、ラインを越えた途端に、失敗したと感じるんだ。すごく恥ずかしいことだ。鏡を見て、『愚かだった、本当に愚かだった』と自分に言うよ。誰でもそういうことはあるだろう。それでも、鏡を見て愚かだったと自分に言える人間でありたいと思う」

おそらく、ジョーダンにとって職業上の最大の失敗は、ワシントン・ウィザーズでの在職期間だった。彼は2000年に共同オーナー兼チームの最高運営責任者になり、その後、自分がコートに戻ることでより大きな貢献ができると決意した。復帰後も偉大さを垣間見せることはあったが、自分の膝に裏切られ始め、プレーヤーからの引退を発表する。

その直後、ウィザーズはいきなり彼を解雇した。

「解雇されると思っていましたか?」ブラッドリーは尋ねる。

「いいえ。むろん、それなら復帰はしなかった」とジョーダンは言う。「私は怪我があってもプレーしたし、手術も受けた。そうする必要はなかったが、組織が立ち直る助けになればと思ってそうしたんだ。それで、お返しは、君の尽力はもう欲していない、あるいは必要でない、と。だから私は、ある意味利用されたように感じた。しかし、誰でも皆、自分が利用されたと感じる状況を経験するのだろう。そして、それを悔しく思うが、そこから学ぶのだと思う」

そして、長いキャリアを終えたジョーダンは、現在のバスケットボールの状況について黙っていることができない。あまりにも多くの若いプレーヤーがサラリーをもらい過ぎ、甘やかされて、労働倫理に影響をきたし、自分が強く愛するゲームを傷つけている、と彼は言う。

「今の若者たちは、自分で獲得していないものを与えられている」とジョーダンは言う。「私は自分が保守的で、因習的で、手厳しいタイプの男だと思われたくない。聞かれたから答えているんです。ゲームは、彼らがそれを獲得する前に与えられる成功によって、裏切られていると思う。至極単純なことだ」

マイケル・ジョーダンは完全にバスケットボールから離れる気構えができていない。彼はいつかNBAチームを所有したいと思っている。そして、自分が2度とプレーしないことは承知しているが、それが可能だと思うほど自信家だ。

42歳でも再びNBAでプレーして貢献できるか、と問われ、ジョーダンは言う。「もちろん。きっとね。身体的には貢献できないにしても。心が言うんだ、「うん、まだできる」と。そして私はまだ、自分がほとんどのNBA選手より貢献できると思っている」

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(ここから私の繰り言)
にしても、どーして本を出版してTVに出演しただけで、何人ものコラムニストにあーだこーだ否定的なことを言われにゃならんのか。
『ジョーダンは注目を取り戻したくて本を売り歩いている――かつてはメディアと大衆が彼を追いかけ、今は彼がメディアと大衆を追いかけている――』
だったら、いちいちコラムに書いてくださらなくてけっこーですんで。
そんなこと言ってマイケルが引きこもりになったらどうしてくれる!!(笑)


posted by まき at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | MJ | 更新情報をチェックする
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